子煩悩 | 鬼妻ファイト日記

鬼妻ファイト日記

毎日の姑とのバトル日記を、完全卒業しました。
10年の在宅介護を終えてからの姑は、施設に2年、療養型病院に
2年入院しましたが、令和4年11月3日(文化の日)に、97歳にて他界しました。
これからは、自分の老後の日記を書いていこうと思っています。

昨日、またまた飲み会だった夫。

この日はかなりのご酩酊で、手土産下げて帰ってきましたわ。

10時過ぎていたので、さすがにタクシーで帰って来たようです。

ところが、タクシーはタクシーでも、名古屋から乗って来たとのこと。

「ま、正解ね。そのご酩酊ぶりなら中津川行は間違いないものね」

「うん、俺もそう思った」

ですって。ったく~。

 

そんな夫も結構子煩悩なところがあって、子どもたちには甘々なところはあるんですが、形として子どもたちの心の中にイマイチ浸透していないのがお気の毒。(苦笑)

 

そんな子どもたちですが、息子二人は本当に子煩悩です。

恐らく私の父親譲りだと思っています。

父は、私たち二人の娘に厳しいところもあるにはあったけど、総じてやりたいようにやらせてくれたし、援助もしてくれました。

私たち世代で、娘を東京の大学に出してもらえたのはありがたいことだし、アルバイトしなくても大丈夫な生活費も出してくれたのです。

感謝しても感謝しきれないところです。

そして、私たち夫婦も、息子二人を東京の大学に出し、生活費も困らないように仕送りしました。

私の1カ月分の給料は全部、この子たちの1カ月の生活費に流れていったものです。

ふと、長男が、

「お母さんたちって凄いよね。俺たち世代は貧乏世代だから、そんなこと出来るかなって思うもの」

って言うんです。

でも、私だって、子どもたちが小さかった時同じことを思いましたからね。

だから子どもたちには皆、学資保険をかけましたよ。(笑)

 

一生懸命に働いていれば、ちゃんとなるようになるんです。

 

お金だけでなく、父は私の孫たちを本当によく可愛がってくれました。

私が働きながら家事・育児をしているのが不憫でならなかったようで、自分が仕事していた時から孫たちの面倒をよく見てくれてました。

息子二人のおやつは、ジイチャンが握ってくれたおにぎりでした。

「お腹空いているだろうから、お菓子よりいいだろ」

って言ってました。

ディズニーランドに初めて連れて行ってくれたのも、父でした。

まだ小さかった次男を、疲れると負ぶってくれたのも父でした。

 

子どもってやっぱり親の背中を見て育つんだなって思いました。

私もそうだったけど、子どもたちもきっと気が付かないうちに、自分がやってもらったように子育てをしているんだなって思いたいです。(親の思い上がり?(笑))

 

先日、長男宅で孫姫のお守りをしていた時です。

運動の好きな姫は、枕を積み上げて跳び箱をしていたのです。

上手にやっていたので私も特に何も言わずに見ていました。

と、その時、枕が崩れて顔面から落ちたのです。

鼻先をちょっと強打しましたが、その時は泣くこともなく、私に「痛い」と見せに来ただけでした。

私も「血は出てないし、傷もないから大丈夫だよ」

と言ったら、姫は納得したようでした。

 

その後、仕事から帰ってきた長男が、姫の顔を見るや、

「○○ちゃん、どうしたの?鼻の頭が赤くなってるけど」

って言ったんです。

私の方が驚いて二度見してしまいましたが、確かに少し赤みがさしていましたが、そんなに気が付くほどではなかったように思ったのです。

親は凄いですね。

ちょっとした変化も見逃さない。

いやいや失礼いたしました。

大事に育てています。ありがたいことです。