別居して、なんとか落ち着いた頃小学生の息子があるテレビ番組に私を出させるために
応募したのです。多分お手伝いさんに手伝ってもらったと思うのですが…
朝日放送(ABCテレビ)番組で毎週土曜日にやっていた人気番組でした。関西地方のローカル番組ですが、かなりの人気があったと思います。
毎週色んな〇〇コンテストがあり、
その中で1年に1回だけ水着を着ないで出演出来る
「美人奥様コンテスト」に応募したのです。
その応募数はすごくて中々書類審査にも受からないと聞いていたので、何も気にしていませんでしたが、なんと書類審査に受かり、朝日放送のテレビ局で最終審査があるとの事。
私は全く受かるつもりはないので、
審査よりもテレビ局へ行けるのを楽しみに軽い気持ちで行きました。
着いてビックリ。テレビ局での審査もものすごい数の人々。皆んな真面目に挑んでました。
まだまだバブルの時代。
出場するだけで、結構高価なプレゼントが貰えます。優勝者はお小遣い付きのハワイご招待。
皆んな真剣です。
私は全く受かるつもりもなく、スタジオを覗きながら楽しんでいました。
いよいよ出番です。舞台慣れした私は緊張もなく楽しむ事ができました。
それから1ヶ月位経ったある日通知が来ました。『合格』です。
すっかり忘れてた私はビックリ!
ウン千人?の中からテレビに出れるのはたったの7人。それからが大変。友人知人、別居中の主人や従業員。大騒ぎでした。
当の本人も慌ててどうしよう?
それからテレビ局での打ち合わせなどでバタバタしましたが、結局ギターの弾き語りで参加する事になりました。
当時マンションの下の階に住んでいたアメリカ人は日本の凄いコンテストに出場するのだと勘違いして大騒ぎしていたのは、今でも笑い話になりました。そして当日、マンションの下で長男のお友達が数人集まって何かしています。
私に内緒だとコソコソしてたので、そのまま私1人会場まで急ぎました。その時の会場は大阪駅にあったABCスタジオです。
ステージに観客席、また一般のお客さんまで観れるような会場になっていました。
いよいよ本番。ふと観客席を見ると、前の日から泊まり込みで来ていた友人にお手伝いさん、
そして長男の子供達も集まっていました。
実はその時の家は大阪駅まで自転車で行ける距離で、小学生達は皆んな自転車で駆けつけていたのです。そして私の出番。応援団として客席の子供達もテレビに映ります。
私に内緒で大きな手作り応援幕を作って大きな声援を送ってくれました。
優勝はできなかったものの、たくさんの持てないほどの景品や商品券をいただいて帰りました。
それから暫くは有名人。
タクシーに乗っても(あれ?テレビに出ていましたよね〜)とか、何人もの人に声をかけられたり
長男の子供の父兄には、おかげで子供がテレビに出させて頂き良い思い出になりました。とか
嬉しいやら恥ずかしいやら、笑い話ですが
良い思い出になりました。
続く
今日も最後まで読んで下さり
ありがとうございました。
懐かしい画像

