子孫へのラブレター㊳(数々のエピソード) | バァバのブログ

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今日は楽しいエピソードを書かせて頂きます。

大阪に来て直ぐに知り合った隣の人はシングルマザーで大阪でも有名な黒門市場の隣にあるビルの中で広いラウンジの雇われママをしていました。


そのビルの中には〇〇ザの事務所があり1985年の「山一抗争」の真っ只中、そのビルでも殺人事件がありました。

ある日、お店へ行った時にエレベーターで〇〇ザの人達何人かと遭遇した時の話です。


1番紳士でトップらしき人がエレベーターの中に落ちていたタバコの吸い殻を拾って高級そうなコートのポケットに入れていました。

呆然として見ていた私に(若い衆が迷惑かけるなぁ〜マナーも知らん。こんな事をするのはうちの若い衆だろう。キツくしつけしないとなぁ〜)と

声をかけてきました。

私は苦笑いしか出来なくて、

エレベーターは到着。

そそくさと出てからも、その光景が忘れませんでした。〇〇ザの人でもトップの人は礼儀が良いんだなぁ〜なんて1人で考えていました。(笑)


また、そのラウンジは結構高級ラウンジで

「辻調理師学園」を出たチーフがいて、いつも美味しい料理を作っていました。

私も営業時間外に呼んでくれて美味しい料理を食べさせてもらったりしていました。


そんなお店のお得意さんに、東京赤坂で芸能プロダクションをしている社長さんがいたのです。


当時3人目がお腹にいてる時、子供を連れて営業時間前に遊びに行っている時に、その社長が来られその事を全く知らない私は、いきなり歌を歌わせられました。その後も大阪に来るたびに呼ばれては歌を歌わせられてたのです。

その友達も何も言ってくれなくて、

(親しい昔からの知り合いで貴方の歌が気に入ってるから、付き合って〜)だけしか聞いていませんでした。

私のお腹も結構大きくなってきたある日、また東京からその社長が来るのだけど、今回は大切な話があるそうだから絶対時間作ってほしいと言われました。何だろう?と思いながら行く事にしたのですが、その社長は約束の前日に突然倒れ亡くなってしまったのです。


その時にやっと聞かせてくれたのが、私が無事出産終えて落ち着いたら本格的に歌の勉強をさせてデビューさせたいと思っていたらしいのです。

ハッキリ決めて自分から話するから、それまでは話しないでくれと頼まれていたそうです。

後で聞いた私はビックリ。

彼女はその社長の事を(けんちゃん)と呼んでいたので、昔からの親しい知り合いで友達みたいな人だと思っていました。

ましてや芸能プロダクションの社長なら緊張して堂々と歌えなかったかもしれません。


デビューなんてとんでもない。

全くそんな気はなかったのですが、又それも忘れられない、嘘のような本当の話で、

亡くなった事は悲しいのですが、私の事を気に入ってくれた事は嬉しいエピソードになりました。


                 続く

今日も最後まで読んで下さり

ありがとうございました。