憧れの先生(牧師)のところへき行き、与えられた事を無我夢中でやっていた最中、突然、先生が別のところへ移られることになりました。
私は置いてきぼり。
何の為に、勘当されながらここまで来たのか?
何を夢見て、ここまで来たのか?
振り返ると、両親や祖父祖母、叔父や祖母
たくさんの方達に愛され見守られ、本当に世間知らずな私でした。
あの時(大学を卒業してからでも遅くない。資格を取ってからでも遅くはないんだよ)と言う言葉を思い出しても、もう後には戻れません。
憧れの先生の言葉に舞い上がって後先考えない行動の結果です。
その後、新しい先生を迎える事になります。
新しい先生は優しく、奥様は気さくな方ですぐに馴染む事が出来たのですが、
心の中はどこか不安でした。
いつの間にか私は祈りに没頭しはじめたのです。
人生で一番祈った時期ではないでしょうか。
[魂の喜び踊る世界]?
霊と肉?キリストと自己心?
時計の振り子のように、揺れるのを止める。
祈りに祈って、後光がさすように?
1976年6月21日
憧れの先生から私の誕生日に送って頂いた
メッセージカードの言葉は今も残っています。
私の人生の課題となりました。
祈りに祈り、
私には、乗り越えられない何かがありました。
自分を追い込み、孤独との戦い。
生きる意味を失い、
命をたちきるまで追い詰められました。
親元を離れ、始めての社会。
色んな経験をさせて頂く中
どんなに素晴らしい宗教の世界でも、人間社会。
大人の理不尽なところも、経験しました。
私の目的が全く失われていたのです。
私が見ていたものは、神様じゃなく素晴らしいと思った人間だったのです。
勝手に傷つき、勝手に孤独になり、自分の事さえわからなくなっていました。
結局、落ちるところまで落ち、
精神的におかしくなり母と親戚が迎えに来る事になりました。
18歳〜19歳
私にとって人生を大きく変えた1年でした。
この岡山時代の出来事は語り尽くせない経験と
体験をさせて頂きました。
私の人生の中で一番辛く又学びの時間でした。
あれから45年
トラウマを引きずって生きてきた人生が今やっと
全て必然だった事に気づく事が出来ました。
明日は64歳の誕生日を迎えます。
この時
越えれなかった何か?
宿題は未だ未だ残っています。
これからは楽しく
宿題をこなしていこうと思っています。
今日は大切なお話をしたいと思い
力が入ってしまい
文章がバラバラになってしまいました。
ごめんなさい。
最後まで読んで下さり
今日の空。



