彼女と出会ったのは
2017年の夏
彼女の体育力テスト
測定の企画だった
その前年から欅坂のことは知っていた
サイレントマジョリティーを
Mステで見て
感激し、そこから1年間は
ななちゃんの音楽を広げながら
またプレイリストへと目覚めていった
ーーー
不協和音
それはその長い8年間の始まりだった
酒屋の歓楽街の配達で
価値観が壊れていた
あのバイトを辞めたあの朝
不協和音はそのこころに突き当たった
もう全てがどうでもよくなった
志田愛佳を好きになった
欅坂の中でも最もそういう危険の香りのする
90年代ロックを聞くようになる
長沼のコースを夜に走るようになる
今思えばあの時期に
渡邉理佐と出会ったことは
自分にとって陰と陽の紋章が
できていた時期であって
必然だったかもしれない
ーーー
最初のあれは強制入院
そこからでてきて
志田愛佳のスキャンダルが襲う
前から見ていた渡邉理佐の
紹介動画を見て
以前から自分が好きになる
芸能人が引退するという
ジンクスを思い出した
ここではない
彼女がいるところは
そう感じた、その芸能人
たちと同じ香りがしていた
ーーー
欅坂はそこから
その悲劇的かつ反逆的な歌詞と
平手一強といういわば
パルチザンに見せかけた
独裁体制を商品路線に切り替えて
そしてそれで人気を博していく
自分は十九歳ながら
酒を飲んで土曜日はレイトショーへと行き
それでもエナジードリンクを飲んで
ハイになりながらデイケアから
就労移行支援事業所へと働き詰めた
渡邉理佐もあのガラスを割れ、
アンビバレント、そして黒い羊
選抜騒動のときは
その身に苦しみを覚えていたと思う
ーーー
自分がその動乱から明け
櫻坂改名の文字が躍る
2020年コロナ禍
二人にとって労働の価値を分かったような
時期だったと思う
ーーー
2021年頃は理佐に嫉妬していた
いや、仕事面での
責任を背負い、彼女の2期生への
熱心な応援も見え始めていた
だから、その翌年の卒業の時にも
メモリアルブックのレビューに
送信したり、自作自演で
理佐と自分の関係を掲示板につぶやいたり
ーーー
だが、2023年くらいから
渡邉理佐はインスタで自分を出すようになっていく
自分の予見した通り
芸能界ではないモデルでもない
女優でもないそうあえて言うなら
理佐は理佐という一つの
物質、それを超えた精神的存在
たとえ、インスタやエックス
女優で時々テレビで見かけても
そこには渡邉理佐という
一つのそう渡邉理佐そのものがいたのだ
ーーー
2025年引退、自分は
彼女という存在を見失い
薬を飲まなくなった
久しぶりに注目した
アイドルもすぐに
センターになり
その彼女のためのいや的野美青
のための包囲網を芸能人に勝手に
DMをおくり
そんなことをしているうちに
理佐はインスタを削除した
もう何でもいいやと思い
クタクタになっている体を
死ぬために薬を飲んで
1週間気を失うように、
寝たきりの生活をして
ハイになって入院をした
ーーー
だが、今思うと
櫻坂を引退した後の
彼女は彼女が持っていた
自然主義。そのナチュラルな
フェロモンと全ては自然に帰る
ような何処か本来の彼女に戻っていた
ような気がする
問題は自分も無理をしていて
彼女も何処か無理をしていたところにある
秋元康のインフルエンサーに
地球と太陽のように存在し
もっと言うと渡邉理佐を
理佐は理佐と言っていたのは
お互いにとって双極の存在として
陰と陽として見ていたところに
あると思う、自分があの頃から
無理しなくなったように
彼女も全てから解き放たれて
自由に一般人として過ごしるだろう


