平和再教育の必要性
第2次大戦の敗戦から60年以上たつと、戦争が何かをわかっていない
人が多くなる。だが、戦争は世界のどこかで起こっていて、必ず一般人の尊い命が
失われる。イラク、イスラエル、レバノン、これらは現在行われている戦争だ。
兵器も強力になり、一度に大量の命を奪う。テロも戦争も犯罪行為に変わりはない。
戦争を知らない世代は、両親や祖父母に聞いてみるといい。
もっと若い世代は、自分で戦争資料館や原爆資料館、
沖縄や東京大空襲の出来事を調べてみるといい。
歴史の教科書では通り一編の話ししか、先生はしないかもしれない。
だが、教科書は教科書でしかない。それには著者や文化省の意見が多くを左右する。
だが、上記の資料は戦争の悲惨さをありのまま伝える事実だ。
誰でも一度や二度怪我をしたことがあるだろう。その何万倍も人に怪我や死をもたらす
実質の痛みが戦争だ。わが国は二度とこのような戦争を起こさないこと、不戦を誓ったはずだ。
今こうして自由に空気が吸えるのも、食事ができるのも先の戦争での犠牲の上に成り立っている。
このことを素通りにして、教育は語れない。そろそろ平和の再教育が必要だ。
それは、何も先生である必要はない。マスコミ人は良質のドラマを作っても良いし、
大人は上記資料館や自分で調べて子供に聞かせても良い。
わが子や孫の世代が平和で暮らすよう祈るなら
大人は良い教師になる。もちろん、政治家は平和理念を、
どうまともに答えられるかも問われねばならない。
答えられないなら、政治家失格であることは言うまでもない。