ナップスターと音楽儀式

先頃、アメリカではCD販売大手のタワーレコードが倒産したが

日本では独立しててナップスターと手を組んでi-podのような

音楽配信事業に乗り出した。定額制で専用端末にダウンロードできるのが

150万曲もあり月1,980円だ。今は専用端末は限られている。

元々ナップスターは音楽などの無料交換ソフトとして、ウィニー同様なソフトだった。

通常のサーバーからダウンロードするのではなく、ユーザー同士のPCファイルから

ダウンロードとUPロードさせる交換ソフトだ。

当然ポートが良く開くので、ウイルスやハッキングの対象になりやすい。

爆発的人気を海外では呼んだが、著作権上無断で使用するのでココが問題だった。

ソフト上無料なのでユーザーはお気に入りの曲をUPし、

それを他のユーザーがダウンロードする。

アーティスト同士でも方や安上がりな宣伝方式だ、いや、著作権侵害だともめていた。

結局裁判で敗訴し、今は、通常のサーバー課金式となった。

で、私は定額で楽しめるのは賛成だが、すでにipodを持っている。

また、新たに専用端末が増えるのはどうかと考えてしまう。

それでなくても、今は聞かないウオークマン、MDプレイヤーの立場はどうなんだと

訴えかけている。それと、家では全てステレオ装置で聞いている。

長年にわたり買い込んだレコードやCDの立場を満足させるには、一連の音楽儀式

が必要だ。プレーヤーのスイッチをいれ、アンプを調整する。

面倒でもやはりアンプとスピーカーを通して聞くのが良いと考えているからだ。

住宅事情という避けられない問題があるが、小音量でも是非、オーディオ装置を通して

聞いてみてほしい。そこには、思わぬ音楽上の発見がある。

いずれ、デジタルアンプでダウンロードできれば理論上よけいな

回転系がない音楽再生ができるだろう。

でも、レコードやCDにはジャケット含め固有な顔がある。それがない音楽世界は

なぜか味気ない。それが趣味というものだ。




登校拒否問題

数年前亡くなった友人は、学校法人の理事長をやっていた。

この学校法人の前進は、学習塾で一から起こし学校法人を後に取得した。

主に今のように問題化される前から、小さいながら登校拒否児や問題生徒を預かり

社会生活を身につけさせ、学校を卒業させたり、就職、進学など進路の面倒を見ていた。

いつもは実におおらかな人だったが、理想の授業のためなら

六法全書片手に旧文部省とも喧嘩する熱血漢だった。

私とは、パンフデザインやポスターデザインをした関係で

個人的に急速に親しくなり、関係団体の理事を引き受けることになった。

そこで、良く話題になったのが、ネットが発達した情報化時代において

果たして今のハコモノ教育が、必要かということだった。

ハコモノ教育とは、学校という箱に生徒を来させ、生徒を集団管理して金を取る方法だ。

今や寺子屋以降延々と続くこの方法が、唯一の方法ではあるまいという事だ。

生徒は皆、当然違うにもかかわらず、テストの記憶力というものさしで評価してしまう。

それについていけない子供、いじめや個人的事情で友人ができない

社会適応力に欠けた子供に、勝手に大人や教師がレッテルを貼ってないかということだった。

教育は昔から一方で、生産労働者育成という側面を持っていた。

だから情報化時代においては、子供でもいち早くその疑問に気づき

型にはめられるのはごめんだと、登校拒否する子供も増えていく。

高校なら中退だが、中学は義務教育だから本来中退は無いはずだが

現実に登校拒否は増えているのが実態で、何とか卒業させようと

親が駆け込んでくるのが実態だ。

そのレベルは、高校ではさらに10万人規模で加速する。

昔では考えられないことだが社会や教育の質を考えると、それが今の本当の現実だ。

その学校では、基本的に学力があっても集団生活になじめない子は、

マンツーマンに近い形で学習スケジュールを親と相談して面倒を見る。

毎日、ハコモノの学校に来る必要はない。与えられた課題をこなし、

教師と相談しながら学力を上げていく。

単位取得し、卒業できるよう柔軟に時代にあった科目を創設している。

例えば,茶道でも作法を学ぶという行為と文化は学習にとって

有効なので単位として認めている。

音楽が好きな子は、それに特化してもよい。

運動が好きな子はサッカーなどでも良い。サッカーはチームワークがとても大事だからだ。

学校法人なので中学生は卒業でき、高校生は一般大学に編入試験を受けられる。

実際、いじめに会い登校拒否していた子が、同じような立場の子や

留学生たちと国や文化の相違を学び、倫理観をもった先生の粘り強い教育で

自分の才能を発見し、音大や外語大、電通大など有名大学に入学した事例多々ある。

ここでは、高校教師のOBを多く使ったり、その学校の生徒だった人間を

理事長が自ら教育し、教師助手から教師にしたりしていた。

いち早くPCを各生徒に与え、学校に来れない時は授業をPC経由で

行ったりしていた。

要は、生徒に合わせた教育をいかにできるかで、生徒の登校拒否は実は

旧態依然の学校のあり方を問われているのだ。







いじめは犯罪

中学担任教師のからかいがきっかけで、いじめが起こり

生徒が遺書を残し自殺した。

一方、生徒自殺者は、ずっと3ケタ台なのに文化省調べでは、ここ数年0だ。

生徒の自殺はいじめ原因でないものもありだろう。

だが、いじめも当然ありうると考えるのが普通だ。

これは、教師、教頭、校長、教育委員会といった全て教える側からの保身、隠蔽で

成り立っているからこのような結果になる。

以前書いた記事の通り、このような教員実態では、もし免許更新性にするなら

必ず生徒と親の意見も重要視しなければ片手落ちだ。

昔の先生は、生徒に教えるには教科はもちろんだが、ある程度人格者でなければ

教師とはいえなかった。まずいじめをやめさせ、倫理観のある人間を育てるのが

教師および親の役目だ。教師がいじめを率先するなど論外だ。

教師の発言は、生徒に良くも悪くも多大な影響を及ぼす。悪ければ今回のような結果の誘引に

良ければ、生徒の生きる力を引き出す。だから、昔は聖職といわれていたのだ。

いじめの構図は、その対象の人格を貶め、そのことで優越感を持つという最低なことだ。

だが、その最低なことの自覚が無いから、いじめは起こる。

教師だけでなく、保護者である親もその信号をいち早く察知できるかだ。

いじめられる子供の親が、察知するだけでなく、いじめている方の子供の親も

察知し、いじめは犯罪であり倫理にかける行為であることを、教える必要がある。

それと、表裏一体として10万人規模の登校拒否生徒をどうするかという問題もある。

これについては次回書くつもりだ。


核実験、情報錯綜

アメリカは、北朝鮮が核実験を行ったと報じた後、核実験が失敗したと報じた。

探知した地震波が小さかったからだ。

アメリカの衛星は頭上10センチの精度を誇るといわれている。

またロシアの測定装置もかなり優れている。だからといって、このまま核実験は

残念ながらインド、パキスタンの例のように北のテンパー及び軍部が抑えているとなると

やめないだろう。で、なんと夜中朝刊をポストに取りに言ったら

TV番組表に北朝鮮再度核実験と報道番組で出ている。君らは預言者か!と

思わず突っ込みを入れたくなるが、通常デスク締め切りは1:30頃だろう。

其の時点で発射されていないのに、再度核実験と出ている。

これはどういうことか?朝のTV番組でも日本テレビ、NHK相次いで報道してしまい

政府が確認中と順序が逆になった。後で誤報と謝罪したが、

気象庁の地震データを誤認した可能性が強い。それに番組表に載せることは、

あり得ないだろう。報道は「事実に基づき正確に」、ワイドショーやってる場合か

人心をもてあそぶのも、いいかげんにしなさい。


ニュースソースは、どこからか?

ヤフーが共同通信からニュース配信サービスを打ち切り宣言され

どうなっているか。

共同通信は本来新聞社とTV局にニュース配信を業務としている。

ネットでほぼリアルタイムで報道されると、新聞やTV局の売り上げに響くわけだ。

ヤフーは今、読売新聞と、毎日新聞ソースで記事を載せている。

今後は独自ソースを開発していくだろう。

我々国民がもはやTV報道姿勢やマスコミ偏向報道に

なんら信憑性をおいてないのはご存知の通りだ。

基本的なニュースはネットで解るし、ほとんどの二ユースソースが似たり寄ったりなのは

共同通信社が主要地方紙とNHK含めキーTV局全部に、ニュース配信を行っているからだ。

この前再放送していたNHKの「クライマーズハイ」を見ていると、共同通信やTV報道頼りの

地方新聞社の実態が垣間見れて興味深かった。

で、ネットは常に旧態依然の報道システムから進化し続けている。

ライブドアはホリエモン逮捕や2チャンとの関係性で凋落の一途だが

だからこそ、光るものを持っている。なぜなら、そこのニュース項目は

共同通信配信に無いものがある。

元ネタは、MY NEWS JAPAN http://www.mynewsjapan.com/index.jsp?cid=12

で、基本的には韓国発の「オーマイ ニュース」の日本版といったところか。

まだ、試行錯誤の段階だが地方発信や関係者発信ならではの

もので、花王のエコナ問題やヘアケア製品で脱毛し裁判になっている事件で

取材経過を明らかにしている。この取材経過を明らかにすることが

ジャーナリズムにとっては大事だ。もちろんこの報道に関して、

一般マスコミは、大スポンサーだから取り上げない。取り上げるとしても

事が大問題になってからだろう。何が国民にとって重要か。

私たちは、新しいこの潮流に拍手を持って迎えたい。


由の意味

教職員に、国歌、国旗掲揚を強制したとして教職員が訴訟した事件で

東京地裁は、明快な違憲判決を出した。

我々は今、幸いにして自由主義の陣営にいる。だから、この地裁の判決は

きわめてまともな判断といえる。

思想、言論の自由は犯してはならない自由だ。誰にも強制することはできない。

何も国歌、国旗掲揚がいけないというのではない。

度を過ぎた強制は、人権を無視した行為だということだ。

この自由であることと、人権は表裏一体だ。

先の第二次世界大戦は、国家ファシズムの犠牲により多くの国民の

財産と生命を奪った。

もし、先の戦争が無かったらより多くの国民が、今この世界に存在してたはずだ。

それを一握りのファシストどもが奪ってきたのが、この国の歴史だ。

それは、教育の現場で、マスコミを通じて疫病のように侵攻する。

で、疫病を食い止めるのも国民の力にかかっている。

自分たちの子供を、国家という行政機関の犠牲になって死に追いやりたくなかったら

殺人者にしたくなかったら、だんな些細なことでもファシストどもを注意深く監視することだ。

仕組まれた扇動に乗ることなく、冷静に判断することが自由を守る基礎だ。

こんな方法もある。

昨日予告した、解決策のサイトはこちら。

http://blogs.yahoo.co.jp/koyanagimeijin/41537512.html

この人の問題定義の解決策は、他にも是非現役の政治家や

行政が実施してもらいたいことばかりだ。

この事例から、今の利権にしがみついて国民をわかっていない

政治家より、よほど国民の利益にたって物事を考えられる優秀な

ネットの住民(つまり一般国民)の方が多いことがわかる。

ネット国民党でも、必要なときかもしれない。

飲酒運転問題

世の中、まったく酒が飲めない人もいれば、酒が三度の飯より好きな人もいる。

酒好きの場合、度を越すとアル中やキッチンドリンカー、そして酒酔い運転で

大事故を起こす可能性が高まる。

どんなにベテランドライバーでも、酒が入ると反射神経が鈍くなり

気がついていたら事故を起こしている。

都会の場合、遅くまで飲んで終電がなくなったとしても

会社、サウナ、漫画喫茶などで時間をつぶし酔いを醒ますことが可能だ。

だが、主に車でしか移動できない地方だと、タクシーや代行を頼むことになる。

代行は、まだ営業してない地方がいくつもあるし、タクシーだと翌日車を

取りに行かねばならない。で、つい車で帰ろうとし事故を起こす。

起こした後、逮捕されたくないから逃走し、翌日出頭して酒酔い運転をごまかす。

こうして、事故を拡大化してしまっているのが現状だ。

酒酔い運転撲滅を訴えているのに、CMではおいしそうにビールや酒を飲んでいる。

人間、飲食の誘惑には勝てない習性だ。

あれだけ、九州の事件が問題になった後でも、酒酔い運転が後を絶たないのは、

古来から酒と親しんできている人間の業かもしれんが、事故にあった方はたまったものではない。

で、この状態の解決策に、アホ政治家より具体的に提案してきている

すばらしい常連さんがいる。現実化することを祈って次回転載することとする。


官の役割

最近経済産業省や金融庁が、相次いで危険な機器の回収や

保険やサラ金などの違法罰則を強化している。

金融庁後藤田政務次官がサラ金の上限金利を巡って

グレーゾーン存続の圧力に異議を唱え、辞表をたたきつけたのは

あっぱれと評価したい。

現在、一部証券マンや国会議員がこれに異を唱え規制緩和に逆行していると

唱え、25%据え置き期間ありで決まったそうだ。

が、本当のところは株価が下がる、献金者から圧力が来ている

てな自分たちに都合の良い論理だ。

規制緩和は、今まで閉ざされ大企業だけに特権を与えていた制度が疲弊し

ベンチャー育成ができなかった反省による。

同時に今までの大企業護送船団をやめ、一般消費者やユーザー重視に

転換したからだ。

実は、これが本来官の機能として重要なことなのだ。

公僕とは常に、国民目線で国民と共にあり国民の安全と利益を

守ること、これは政治家にも当てはまる。

だから、これに関し監督官庁は正しいことをしているのである。

これは、大企業もいい加減な機械や契約は、作れないという反省にもなり

企業にとってもよい。行政官でも皆が皆、岐阜県みたいな人間ばかりではない。

現在,国の省庁は部署により非常に激務で夜遅くまで働いている。

これは、圧倒的に書類をこなす量より、人手が不足しているからだ。

かといって、人員を増やしていたら赤字が膨らむばかりだ。

これからは、中小企業との相互乗り入れで省庁として重要優先度を決め

そうでないものは、どんどん民間委託すべきだろう。

逆に、消費者の苦情や事故の検査など行政がやるべきことは

しっかり行政がやるべきだ。




本当の美しい国とは 2.

そこで国土、河川や森を美しくするために再生させるには、

できうる限り自然の特性を生かした、工法や手段が必要である。

魚や水草が、富士忍野や安曇野の河川のように、美しく生息する所では、

水はいちいちミネラルウオーターに頼らずすむ。

それから河川の水源は、余談だが本来、国民のものだ。

1企業の独占は、禁止すべきだ。

地方自治体が安く販売するには地域振興かねてよいだろうが。

人心面では、戦後まだ日が浅いころ何も無かった日本は

ないがゆえに、人に親切で何でも分け合って飢えをしのいできた。

今のように一極集中で富を見せびらかすような、セレブ脳タリンはいなかった。

学校が終わって塾通いなんてことも無く、ひたすら外で自由に遊びまわっていた。

この自由というのが、一番大事なことだ。

9.11テロ事件以降、政府も人々も恐怖のあまり、政府に安全をゆだねるようになった。

だが、生きていく以上、本当の安全などどこにもない。

文明社会は自ら作り出した交通手段である車や飛行機、鉄道などの速さと

引き換えに、危険を手に入れてしまっている。自然災害は言うまでもない。

もちろん自由は、安全の担保にはならない。

政府が、故意に事件を起こして、人々の恐怖心をあおり

マスコミを使い人心をコントロールする

映画「V フォー ヴァンデッタ」なの様な国にしてはならない。

自由は、その人間が生きていく上で、空気と同じように大切なものだ。

だからなんだかんだ言っても、アメリカ始め欧米諸国は、

自由かどうかを最大の人間尊厳基準としてきた。

現在のような一件情報であふれている時代こそ、その自由に発言、行動する

普通の常識の持ち主である個人が、だまされ洗脳されないよう

自由意志を持ち、発信する事が重要なのである。

美しい国とは美しい国土で、個人が自由にのびのび、

優しく暮らせる国だ。