心の花嫁学校マリアージュスクールの斎藤芳乃です。
生きているということは、時に、とても悲しいことや、受け止めきれないくらいの苦しみを生むことがあります。
そして、それは自分のせいではないことも少なくありません。
しかし、誠実で真面目な人ほど、あらゆる苦しみを背負い込んでしまったり、「まだだめだ」「もっと頑張らなければ」と自分を無理に奮い立たせてしまったり・・・自分を追い込んでしまうことがあります。
特に、現実が不幸な時、私たちは、こうして無意識に・・・
本当に、自分でも意識できないくらい深い心の奥底で、「ダメだよ、もっと頑張らなきゃ」と、自分を追い込んでいることが多いのです。
意識していなくても、
「まだだよ、まだ、頑張らなきゃ」
「まだ、愛される私には足りないから」
「もっと出来ている人もいるのだから」
こんなふうに、ずっと緊張して自分を罰し続けている・・・
例えば、「頑張っているのにまだ、現実が変わらない」とか、「価値を上げたつもりなのに評価されない」という時は、こうしてもう一段階深いところで、自分を疑ったり、自分を罰していることがほとんどなんですね。
こんな時ほど、一度立ち止まり、深呼吸をしながら・・・「自分が生きてきたこと」について、考えてみてください。
改めて、あえて言葉にしてお伝えしますが、実は、人が生きるということは、言葉で言うほど簡単なことではないんです。
生きていれば、予期せぬことで命を失うこともある。
誰かのためを思って死ぬほど頑張ったとしても、その想いが通じず、それこそ消えてしまいたくなることもある。
血がつながっている親だからと信頼しても、信頼を返してもらえない悲しみや・・・
繊細な感受性を持って人を愛しても、その愛が伝わらない苦しみ。
努力しても努力しても、結果を出したとしても、相手の都合で評価して貰えなかったことがある。その辛さ。
誰もが、こうした心が折れてしまうような苦しみや悲しみを背負っていて、それは決して「ネガティブな、私たちが嫌わなければならないような、うすっぺらいマイナス感情」ではなく、
「それだけ、生きるということは、とても大変なのだ」ということなんですね。
それを決して、軽々しく思う必要はないんです。
同時に、こうした苦しみがありながらも、今、これを読んでくださっているあなたは、「生きてきてくれた」ということ。
辛い、苦しい世界を、ままならない過去を「生き抜いてきてくれた自分がいる」。
そのことを、どうか重く受け止めてあげてください。
そして、「こんなに苦しかったのに、本当によく生きてきてくれたね、ありがとう」と、ただ、自分の苦しみや辛さを感じながらも、その中で生きてきてくれた自分の命の重みを感じてあげてください。
人がひとり、生きるいうことは、本当に本当に大変なことです。
それをすでに、してきた自分がいるということ・・・その自分を心から慈しむ。
価値があるからとか、こんなことをしてきたからとか、そういうことをすべて超えて、ただあなたの存在そのものを、ぎゅっと抱きしめてあげてください。
潜在意識は、何よりも、こうしたあなたの想いで動き、あなたがあなたの存在を丸ごと愛し、慈しむことが出来たとき、動きます。
潜在意識とは、あなたの命そのものです。
あなたはもう充分、頑張ってきました。
あなたはここまで生きてくるのに、とても大変だったにもかかわらず、生きてきてくれたのです。
すべてを「生きてきてくれた自分」を認め、そこから新しい愛と想いと価値を重ねていく。
こんなふうに、ご自身の命を生き、愛してさしあげてほしいと思います。