昔は年末から年始の空気の中にはなにか清浄なものがあり、特別な夢のような時間だったように思う。親が死んだ頃から、少しだけなにか大切なものが減ったような気がする。つまり親の人生の最後のほうは、それだけ1年1年が緊張の中にあったということなのか、親がいる安心の中でこそ感じられる神聖さだったのか。

それとは別に去年から今年はとにかく気が重い。ある意味戦争も始まってしまっているし。これ以上事態が悪化しませんようにと願うしかない。

きっと節分までは重い感じなんだろうなと思う。

重くても、ただひたすら生きる、それだけだ。

 

年末に大人買いした「日出処の天子」完全版。通して読み返してみると当時子どもだった自分には決してわからないほんものの嫉妬や性の奥深さ、どんなに特殊な能力を持っていても、天下を動かせても、人の心は思い通りにできないという真実などがわかり、とても面白い。当時の常識がいかに今の時代から見ると違和感があるかとか(たとえば異父きょうだいは結婚していいとか、妻が大勢いて通い婚だとか)。これほどの作品を30代で描いた山岸先生はやはり天才。なんでこの角度を思いついたかなあ?というほど恋愛中心の話で、よく考えたら伝記でもなく、歴史物でもない。だいたいこんな変わった人物を描いてこんなにもリアリティがあるなんてすごすぎる。

番外編というか後日譚があり、あまりの身も蓋もない現実味に昔も衝撃を受けたのだが、今回もまたびっくりした。こうやって叶うのか、みたいな。

 

その合間に齋藤くんの「感動、」を何回も眺める。写っているものが全て等しいということにおいて前と変わらないすごさなんだけれど、迫力が増している。増しすぎてアンバランスなほどに。その太さはやはり成長なんだと思う。齋藤くんがまだ若い人だったことをいつも忘れてしまう。これからの変化がまた楽しみだ。

さらに気晴らしに「忘却のサチコ」を全部読む。文芸編集者の話だけに、身につまされる〜えーんみなさんいつもごめんなさい!作家ってひどいですね。

そしてやっと読めた(自分が載っているので送られてきた)清水ミチコさんの「三人寄れば無礼講」、野沢直子さんも蛭子さんも矢作さんも鬼奴さんも、出てくるみなさんがとにかく最高で、何回も大笑いしてしまった。ミチコさんの返しがあまりにも面白いからみんなつい面白いことをしゃべってしまうのだな。

蛭子さんがつばめグリルのハンブルグステーキについてくる大きなフルーツって何?と聞いていたのも最高。トマトです〜びっくり

 

いつも時間がないからできないことを一気に集中してやる。そんな時間の中にいたから、なにがなんだかわからないままにバタバタと年越しをしてお正月を終えてしまったというのもあるのかもしれない。

しかもこの時期はお誕生日ラッシュで、祝いの膳が多く、餅も食べたから少し気をつけていかないと普通の小太りのおじいさんから太った糖尿病のおじいさんになってしまいます。

お正月も猛烈に集中して仕事をし、さらに宿題のように「パラサイト」に備えてポン・ジュノ作品を過去に観たものも含めて一気見したのもあり(みんなすばらしかったけれど貧富の差を描いたとんでもない話ばかりだから)、とにかく低めの気持ちからのスタートである。

じょじょに上げていこう…豚

 

マックの福袋のポテトタイマーラブ

いち子さんのおせち。楽しかったしおいしかった!

七草がゆ。腹が割れるかと思うくらい食べた。

パパのお誕生日のかに。

からの、えび。夢のように甘かった。上にはえび塩が。

のんちゃんのお誕生会のパスタ。トリュフが贅沢だった〜目

ワインの輸入業を基本たったひとりでやっていていつも飛び回っているいとこがカズさんに道でばったり出会っていた。うらやましい…!私も会ったことがないというのに。名乗って「いとこに送ります」と写真を撮ってもらったらしいのですが、もし事務所的に問題があったら削除します〜、カズさん、愛してます義理チョコ義理チョコ義理チョコ大切ないとこに優しくしてくれてありがとう!カバンも赤いんですねラブ

このポジションはゆずらないわ炎

 

食い倒れた人もそうでない人も、健康に、明るく、そして平和ないい1年にしていきましょうゆめみる宝石同じ空の下、いつも願っています。