8月21日えーん

 

明け方、私と夫の真ん中で川の字のようにいっしょに眠ったまま、震災のときはみんなを和ませ、猫めくりカレンダーに出たり、ananのグラビアにも載ったりしていた、そしてプロのまんが家であり物書きである姉が猫エッセイの挿絵にその柄をそのまま描いたら「こんな柄の猫はいない、手抜きだ」と読者からクレームが来たというほど変わった柄の名猫タマスちゃんは、17歳の生涯を終えました。

亡くなる1週間前まで元気に歩き、食べ、なでればゴロゴロいい、家族と子猫と仲良く過ごして、だんだん食べなくなり、ぱたりと倒れ、そのまま静かに去っていった。

よくがんばってくれたし、予想通り安らかな死だったので、悲しいというよりもやりとげた感が強い。猫18歳と17歳をちゃんと看取ることができたので。

いちばん悲しいのは「待っているとき」。親のときもそうだったけど、友だちのときもそうだったし、犬や猫のときもそうだった。

なんで最愛の家族の死を待ってるんだろう?と自分の心に悲しくなりながら、でももう元気なときは戻って来ないのだから、いっそ苦しまずに静かに去ってほしいと願うしかないあの時間。

あの時間にだけは一生慣れることはない。

空っぽの部屋を片づける。床を拭く。シートを干す。ニャンコ先生が淋しくてすぐ膝に乗ってくる。あんなすぐにシャーというおばあちゃんでも、同じ部屋にいてくれたから淋しくなかったんだねえ!

夜はお葬式、正直もう寺に飽きたよ、今年は!

 

ラブ

 

明け方に火葬の手配をしたり、氷を用意したりしてほとんど寝ていなかったのでよれよれのまま鍼に行き、漢方薬をいただいて、お花を買って、銀行に行くも運転免許証がない私にはなかなか指紋認証が登録できず(銀行からカードが送られてきたのに登録するまで全くお金を下ろせないという…お金を下ろせないって最大の節約になるね)、メインバンクを変える決心に燃えつつ、タクシーに乗ったら、運転手さんが高校野球の名門を出たもののうっかり初恋に燃えてしまいドロップアウトして女性とかけおち、プロになりそこねて、10年もなにもできず、その女性とも別れてしまい、別の人と結婚し子どもも生まれ、、毎日あてもなくトレーニングをしていたもののどうしても野球が好きで、草野球をしたいがゆえに個人タクシーの仕事を始め、今は個人タクシーの草野球チームに全てをかけて野球をやっている…というこれまた極端な話を聞く。

とてもいい人生の話で、紆余曲折やりながらも野球が好きというのはすばらしいなあ、と思いながらも、みなさんおわかりですね、私の心の中は…「福山の次は野球かよ!」

 

びっくり

 

タマちゃんと暮らせて、幸せでした

最後の夜

 

ニコ

 

私にはスタイリストさんなんていうすてきなものはいません。

そしてたまにスタイリストさんがいるお仕事になると「吉本さん、10秒間だけお腹を引っ込めてなんとかこれを着てください!」と言われて渡される服がみんな入らないです!そして私服で行くとあまりのみすぼらしさにカメラマンさんにたいていの場合「お着替えはどこにありますか?」と言われます。

私にとっては淋しい今年だけれど、人の優しさもしみます。お花をそっと届けてくださった山西くんとゆきちゃん、星さん、タマちゃんと仲良くしてくれてありがとう!タマちゃんを好きでいてくれたみんな、ありがとう!