AI時代の弁理士業は、代替はあっても危機には無いと思う | 知財業界で仕事スル

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知財業界の片隅で特許事務所経営を担当する弁理士のブログ。

最近は、仕事に直結することをあまり書かなくなってしまいました。

本人は、関連していると思って書いている場合がほとんどなんですが…

日本経済新聞のシリーズ記事「AI時代のサムライ業」の(上)を最初に読んだときに強い違和感をもったのだが、ともあれそのシリーズが終わるのを待っていた。

 

AI時代のサムライ業(上)代替の危機 新事業に挑む

2017/9/25

 

AI時代のサムライ業(中)税理士らコンサル志向に

2017/10/2

 

AI時代のサムライ業(下)人工知能どう考える  

2017/10/9

 

(いずれも「有料会員限定」の記事なので、リンクを貼っても読めない人もいるとは思うが…)

 

このシリーズによると、以下の表にあるように弁理士業務のAIによる代替可能性は92.1%だそうだ。どんな風に計算してそのような数字が出たのか知らないけれども、弁護士が1.4%であるのと比較して、どう考えても高すぎる値だと思う。

 

 

 (AI時代のサムライ業(上)より転載)

 

還暦を過ぎた特許事務所経営“弁理士”である私としては、優秀な人に弁理士になってもらってこれからの業界を盛り立てていっていただきたいところなのに、92.1%などという数字が独り歩きしたら新規参入の若者が減ってしまうではないかと危惧せざるを得ない。新規参入が減れば競争が減るので、私自らが生き残りやすい、という理屈で満足することもできるが、それでは利己的過ぎるだろう。

 

それにしても、どのようにしたら92.1%などという数字がでてくるのだろう?おそらく、この数字をはじき出した人々が理解している「弁理士業務」の内容が実際のものとは似ても似つかぬものになっているのではないかと思う。弁理士が能力を発揮する領域は、定型文章や、定型書類の作成ではない。法律で決められた書式に従って作成する部分はあるが、そこでは弁理士の優劣はつかないと言って過言ではない。

 

弁理士が才能を発揮する業務領域では、何が「正解」で、どうなったら「勝てる」のかが曖昧模糊としている。囲碁・将棋と、この点が本質的に異なる。審査官が人間からAIに置き換わったなら、人間の弁理士よりもロボット弁理士の方が有利になるのだろうとは思う。しかし、特許の最終判断をする権限を持つ審査官が人間である限り(失礼な表現になるかもしれないが、論理を超えたところの判断を交えながらの判断をする限り)、“弁理士”はロボットより人間の方が有利である。

 

 

最初にこのシリーズの(上)を読んだときに、「なんじゃこりゃ?!」とバカにしつつも、以後の展開がどうなることかと心配したが、それは杞憂に終わったようだ。シリーズ最後の(下)で弁理士会会長がちゃんと軌道修正をしていただいたので、この日本経済新聞の「AI時代のサムライ業」シリーズは、論説として恥ずかしくない内容で収まったように思う。

 

以下、少し長くなるが(有料会員限定の記事なので気が引けるが)、弁理士会会長の弁を転載しておく。

 

 ――野村総研などの研究で、弁理士の仕事の実に92.1%がAIで代替可能と指摘されました。

 「我々もAIの影響はあると思っている。ただ、同研究は弁理士の仕事を定型的と断定したようだが半分は間違っている。弁理士の主な仕事である特許出願の場合、特許庁への各種定型書類の提出と、(中核的な書類である)特許明細書を書く業務に大別できる」

 「前者は弁理士以外がAIを使って処理できそうだが、後者は一品料理を作るような極めて個別的で創造的な仕事だ。発明者は発明の内容を理解しているが、特許として有利に記述するノウハウは持たない。弁理士は発明者の話を聞きながら、その表情も読み取りつつ、明細書を書き上げていく。当面、AIにできるとは思わない」

 ――手続き業務も合わせれば、5割代替されるということでは。

 「5割はいかない。ミスのチェックなど弁理士自身がAIを使って業務を効率化できることを考慮しても、せいぜい4割といったところだ」

 ――それでも弁理士の業務は減りますね。

 「そこは特許出願前後の有料コンサルティングを顧客に提供し、補うべきだと考える。特許出願前には、どんな分野の特許を増やすべきかなどを日常的にコンサルし、出願後は、取得した特許を用いてどう収益を上げるかなどをコンサルする」

 ――弁理士志願者が減る懸念はありませんか。

 「すでに受験者が減少気味だ。AIの影響というより国内の特許出願が減っているためだ。(以下略)」

 

上記「ミスのチェックなど弁理士自身がAIを使って業務を効率化できることを考慮しても、せいぜい4割といったところだ」を私なりに補足すると、前半は、弁理士業務がAIによって代替されることで業務効率が上がるという意味だ。誤字脱字、参照符合の誤りなどのケアレスミスのチェックは、人間にとって常に面倒で時間を要する作業になる。そして、手間がかかる割には100%の正確性は期待できないので、AIが手伝ってくれるならとても助かる。そのようなプラス面の代替を入れて「せいぜい4割」なのである。

 

 

他の「士」業を間接的に批判するような形になり申し訳ない気もするが…

 

「税務書類の作成、税務代理、税務相談という税理士の主要業務は、すべてAIに取って代わられそうだ」(中)ということだが、弁理士の場合にはこの種の業務は主要業務ではない。特許権をとる作業には「こうなっていたら正しくできた」というものがない。審査官という人間を相手に、議論を臨み、あの手この手で特許許可を得る。

 

また、「法務局などへの登記手続きを担う司法書士と、官公署や地方自治体への届け出業務を担う行政書士も、危機感は強い。どちらも『定型書類に情報を正確に書き込んで手続きする』仕事。AIに置き換えられやすいとの見方がある」(上)とのことだが、弁理士の場合にはこの種の業務は主要業務ではない。繰り返すが、特許出願書類の作成を含め、特許権をとる作業には「これで正しい」というものがない。受任する業務の核になる技術思想としての発明は、毎回毎回、新しい。その新規科学技術を言葉で表現し特許出願書類を作っていくのであり、すべての特許出願書類には今までになかった新しい部分(しかも、その部分が最も肝心な部分)が存在する。そして、それをベースに、審査官という人間を相手に議論を臨み、あの手この手で特許許可を得る。

 

もちろん、弁理士業務の中にも書類の形式を整える業務は含まれる。この領域では、「こうなっていたら正しい」という答えが見えているのでAIにとって代わられるのは遠くないと思う。これは、上記弁理士会会長の説明にもある通りだ。しかし、弁理士業務のコアはこの点にはない。書式を正確に整える業務はむしろAIにとって代わってもらった方が弁理士業務の業務効率は上がるので、AIの発達は歓迎しこそすれ恐れる必要はない。

 

 

なお、弁理士業界にとっての深刻な問題はAIではなく、日本国の老化にあると思う。サイエンス分野のノーベル賞受賞者の業績は、若かりし頃の仕事であるのが普通だ。受賞そのものは高齢になってからが普通だけれども、そのベースになる業績には、若くて瑞々しい頭脳が必要になる。弁理士が扱う「発明」のほとんどはノーベル賞からは程遠いレベルの新技術であるが、それでもそれを創出するのには若々しい頭脳が必要になる。それが日本国では減っている。

 

ここで言うまでもないが、日本は高齢化社会傾向がまだまだ続く。高齢者がどんどん素晴らしい発明をしていくことは、不可能と決めつけるわけにはいかないのであるが、素直に考えて容易ではない。

 

また、市場としての日本は、米国や中国に比べて停滞が激しい。これも弁理士業界にとっての深刻な問題である。特許の価値は基本的に市場の価値で決まる。これが、上記インタビューの最後にある「AIの影響というより国内の特許出願が減っている」につながっている。

 

最近の日本国での特許出願件数の推移をグラフにするとこのようになる。

 

 

 

しかし、これも世界に目を開けば景色は全く違うものになる。世界基準で観た場合にはどんどん増えているのだ。

 

 

いずれも、以下のウェブサイトより基礎データを得た。

WIPO IP Statistics Data Center

Source: WIPO statistics database. Last updated: February 2017

https://www3.wipo.int/ipstats/index.htm

 

 

理系でかつ文章を書いたり読んだりが好きな皆さん、理系でかつ「あーだこーだ」と屁理屈をこねるのが好きな皆さん、弁理士業務は面白いですし、AIにも負けませんから、どんどん弁理士業界に入ってきてください!日本国内に閉じこもっていたらジリ貧傾向かもしれませんが、世界を相手にすれば明るい将来が待っていますよ~

 

 

***

 

 

蛇足ながら、AI時代のサムライ業(下)にあった日本弁護士連合会会長のインタビューもなかなか興味深い。

 

 ――弁護士のAIによる代替可能性は1.4%と、他のサムライ業より大幅に低いようです。

 「日弁連ではなく私個人の考えだが、弁護士は問題を理解するための幅広い知識、依頼者から話を引き出す対話力、紛争解決のための創造力などが問われる。それらを備えた弁護士なら大丈夫ということだろう」

 「ただ、定型的でデータ量の多い、例えば交通事故の紛争はAIが代替するだろう。大量の法律相談データを有する会社もあり、簡単な相談業務もAIに取られるかもしれない。スキルの低い弁護士は淘汰される可能性がある」

 ――海外の弁護士も同じ認識でしょうか。

 「近年、法曹の国際会議ではAIの話題が必ず出るが、日本とは危機感が違う。米国にはクラスアクション(集合訴訟)やディスカバリー(裁判前証拠収集手続き)など大量データ処理が必要な制度があり、5~10年の間にパラリーガル(法律事務職員)の47%、1年目の弁護士の35%、2~3年目の弁護士の19%はAIが代替するとの報告もある」

 「日本の弁護士はAIはおろか、IT(情報技術)化すら進んでいない。だから日本の一般の弁護士は危機感がないのだと思う」

 ――日本の弁護士はいつまでもITやAIに無縁でよいのでしょうか。

  「日本は他国に比べて法的紛争の分野の情報化が遅れており、デジタル化された判決は全体の3~5%にすぎない。AIが学習するためには情報がデータ化されている必要がある。だが、日本の法曹界はIT化、AI導入の前提すら整っていない。これでは弁護士業務をAIによって効率化することもできない。憂慮すべき状態だと思う」

 

日本の弁護士業界は、あまりにアナログすぎてコンピュータが踏み込めない、ということなのだろうか。だから、1.4%なの?米国なんかだと、AIによる代替可能性はもっと深刻にとらえられている。日本の弁護士業界は、世界の趨勢から「置いてけぼり」状態となりつつあるようにみえてしまうが、だいじょうぶなのだろうか…