嫌な事や苦しい事が起これば誰もが人生を生きるのが辛くなる時があるように思われる。 仏の教えには因果が説かれている。
今、自分に苦しみが訪れているのは、自分の今までの行いにより結果を招いているという事だと説かれていたりする。
いわゆる自分の滅罪のためにその苦しみを受けるという事になるわけなのだが、それでも悩みはついてまわる事かと思われる。
その時に自分の心の整理をするのに大切な心構えとして、嫌な事が起こった時は自分の罪が無くなっていくわけなのだから、ありがたいという風な前向きな気持ちで前だけ向くようにすれば、意外にも嵐は吹き飛んでいくようにも思われる。
とある古くからの信者さんは四代にわたりあちらこちらにもぶれずにお不動様を信心して手伝いをしてくださる方がいらっしゃられるのだが、その方に私はある事を尋ねた。 私はその方に「何を今までお不動様に願ってこられたのですか?」と尋ねた。 「それは、家族の健康のみです。」。と答えられた。
そこでふと思った。
その信者さんの家族は不思議なもので、様々な事はありながらも末長く家族が健康でいらっしゃられる事に気づきを与えていただいた。
誠に不思議だ。
と、改めて深く信心する大切さと目には見えない利益とは存在するのだな。と思う愚かな私でありました。
周りに気づかされながら今だに私は生かされている。
慶祐


