ライターの武田砂鉄氏が『群像』で連載していたものを大幅加筆して出版された『なんかいやな感じ』を読み了えましたよ。
今の社会に蔓延している「なんかいやな感じ」とはどういうものなのか、著者が自らの思索や体験を通して、どういったものが蓄積され今に至るのか、……といったことを考察するような、社会批評的な内容でございます。
武田砂鉄氏は1982年生まれと私の1歳下の人なので、つまりはほぼ同世代なわけで、つまりは共感する部分がかなり多いだろうと思い、読んでみることに。
著者の本は『芸能人寛容論』に続いて2冊目。
で、相変わらず語り口が面白い。
語り口というか、視点が独特なアイロニーを含んでねじれているので、活字なのに笑えてくる。
そして平成社会批評なので、笑わされながらも考えさせられるという。
私の敬愛する時事芸人・プチ鹿島氏と同じ匂いのする人。
芸人とライターの違いはあるので、笑わせ方は違えど、社会のぶった斬り方、その切り口は同じ鋭さ。
で。
読みながら、私にとってのこの「いやな感じ」の始まりはどこだったのかなぁ、……なんて考えてみると、やっぱり最初に浮かんだのは地下鉄サリン事件。
当時、東京タワーの麓にある私立中高一貫校に通っていた私は、春休みだったあの日、部活の練習で家を出発する5分前だったのです。
未だにあの光景、覚えてるなぁ。……
コーヒーか麦茶かを飲み干した後、じゃあ行ってきますか!と食卓の椅子から立ち上がった時、テレビで「地下鉄で爆発事故が起きた」という速報が飛び込んできて、それが「脱線事故」「殺傷事件」などの迷走をした後、「異臭騒ぎ」となり、地下鉄の入り口に敷かれたブルーシートの上に次々と人が倒れ込んでいって救急隊員が措置を施している、……という光景を空撮しているテレビの報道。
いつも通学に利用してる日比谷線の神谷町駅のあの入り口から人が吐き出されてきて、地べたにへたり込んで酸素吸入器をあてがわれてるのを見て、母親と二人で絶句して。
学校にはJRの浜松町駅から徒歩20分くらいで行けなくなかったものの、学校に電話して確認すると「無理してこないで良い」とのことだったので休んで、テレビ見てましたねぇ。
同じ年には阪神淡路大震災が起きたり、神戸の連続児童殺傷事件が起きたり、『エヴァンゲリオン』が放送されたり(私はリアルタイムで見てた世代)、激動の1995年。
それから、秋葉原の通り魔事件、津久井やまゆり園の事件、9・11と3・11、……が転機というか、何かがのしかかって来た気がします。
事件そのものの重さというよりも、それ以上にその時に渦巻いていた世論?世の中の人の露骨になった感情ですかね。
この本にも、まあ似たようなことは書かれてますが、でも武田砂鉄氏と私は辿って来た道が違うので当然、向き合い方も違います。
似たような部分もありますけど、違う部分の方が圧倒的に多い。
その共感と違いを楽しむ、味わう、考えてみるにはうってつけの堪らない一冊でしたね。
印象的な部分は色々ありますけど、どれもこれも一文でスパンと味わえるものではなく、文脈に従って読んでこそのグッとくるものなので、p75の「見抜かれちゃうぞ」の項くらいを立ち読みしてもらえれば良いのではと思いますね。
今、改めてざっと読み返してみたら、……まあ石原慎太郎と田中真紀子は随分とまあ酷かったなぁ、という感が滲んでました。
あと鳩山由紀夫。
というわけで『なんかいやな感じ』堪能いたしました。
さて次。
冲方丁の『マルドゥック・アノニマス』の最新刊がちょうど発売になったので、読み進めていきます。
ではでは。