よしひろの日記
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蟠龍寺②(^^)

今日も朝から晴れの1日となった。





朝から暖かい日に…ようやく秋らしくなってきたな☺️






こちらは弁財天堂。







こちらも八臂弁財天だった。ちなみに昨日載せた洞窟(岩窟辨財天)内にいた八臂弁財天が山手七福神の弁財天となっているようだ。







調べてわかったのだが、この蟠龍寺にはかつて目黒大仏と呼ばれる阿弥陀如来像があったが今は別の場所にあると…その場所は…








フランスのパリにあるセレヌスキー美術館の大ホール…何でフランスに?(ToT)






こうなった理由は明治時代に起きた廃仏毀釈(廢佛毀釋、排仏棄釈、はいぶつきしゃく)が原因で1871年にフランスに流出されたと…







廃仏毀釈とは仏教を廃すること。「廃仏」は仏法を廃し、「毀釈」は釈迦(仏教の開祖)の教えを棄却するという意味。







1868年に明治政府は神仏分離令を出し、これにより、神道国教化が表明されるとともに古代から続く神仏習合が禁止された。神道が保護される一方で、廃仏毀釈という仏教弾圧の風潮が生まれ、各地で寺院や仏像が破壊されてしまった。






フランスにあるのでは見れないが目黒大仏は壊されずに済んでよかったと考えたほうがいいな。美術館で大事に保管されてよかった。






この後、寺務所に行って御朱印を…







待ってる間に塩飴でもどうぞと…☺️







真夏の炎天下の中を歩いてきたから塩分補給が出来たのはありがたかったな☺️








寺務所には猫の置き物が色々と…好感が持てるお寺だな☺️ 🐱🐱







御朱印帳に書いてもらった御朱印がこちら。素晴らしい字だな☺️





この後、もう少し寄り道していく事に…寺社巡りの目黒編は次で完結させるとしよう☺️






ここからは猫写真を🐱







ご飯を食べて定位置となった爪研ぎ用トレイに戻るチビ助氏。







ご飯は毎日しっかり食べるが悪態をつくのは変わらず…進展がないんだよな…






しばらくすると落ち着くがチビ助の頑固なまでに屈しない姿勢はいつまで続くのだろうか?😥





ケージから出たいんだと思うが今のような凶暴な状態ではいつまで経っても出れないという事を理解してほしい。改心していい飼い猫になってもらいたいな💧







蟠龍寺(・・;)

今日は朝から晴れの1日となった。






朝は冷えたが日中は暖かく…秋らしい日になったな☺️☀️






成就院を出た後は目黒駅に戻る事に…







行きとは違う道から帰ると山手七福神 弁財天と書かれた蟠龍寺(ばんりゅうじ)という浄土宗のお寺が…


※浄土宗の開祖は法然。義弘氏は浄土宗です。







中へ入ると…これは住宅街だよな(・・;)





進んでいくと何かは分からない石仏が…






でも、まだ住宅街。ここでいいのかな?😥






疑いながら進むと七福神と書かれたのぼり旗が…







本殿が出てきた。こちらは阿弥陀如来。






近くには洞窟のようなものが…







中はそれほど広くはなかったが石仏があるな(・・;)





腕が8本ある石仏。実はこちらは弁財天。






八臂弁才天(はっぴべんざいてん)といい、八本の腕を持つ弁財天像で八本の腕には、宝珠、剣、戟(げき)、鉤(かぎ)、輪宝、宝棒、弓、矢などが持たれており、頭上には宇賀神(うがじん)がいる。


※宇賀神は古来より人間に福徳をもたらすと考えられていた福の神たちの総称。食物神や農業神ともされていて弁財天と同一視されることが多い






弁財天というと真ん中のイメージが強いがやる時はやる感じ(八臂弁才天)なんだな😅





この後、寺務所で御朱印を貰う事に…続きは明日のブログに書くとしよう☺️




ここからは猫写真を🐱





行動が不可解な茶白の猫にまた会えた。





今回は寄ってきた。






と思ったら背を向けて伸びをし…






完全に背を向けて終了…





相変わらず行動が読めない奴だな。今回は逃げられなかったから良しとしておこう😅





成就院(^^)

今日は朝から曇りの1日となった。






少しだけ青空が…ずっと天気が悪かったが明日は晴れるみたいだな☺️







たこが描かれたお寺の成就院。本堂でお参りを…






提灯に蛸薬師と…🐙🏮







絵馬もたこ。この後、御朱印を頂く事に…







書き置きだったが、こちらが成就院の御朱印。たこはここにもいたな😅🐙






何故、ここは蛸薬師なのか聞いてみると成就院は天台宗の慈覚大師(円仁 えんにん)が眼病平癒のために作ったものに由来すると伝えられている。







円仁は最澄の弟子で遣唐使船で唐(中国)に渡り9年間の苦労の末に現在の天台宗の基礎となる多くの教えを日本にもたらした。





円仁は若い時から眼を患っており、40歳の時に自ら薬師如来の小像を刻んで肌身に持っていたが唐から帰る際に暴風雨にあってしまったが薬師如来の小像を海に投じて祈ったところ無事に変えることが出来た。








その後、諸国巡化のみで肥前の松浦に行くと海上に光明を放ち、海神にささげた薬師如来の像が、にのって浮かんでいたと🐙






858年に円仁が目黒の地に来た際に、諸病平癒のためと松浦にて拝み奉った尊をそのままに模して、一刀三礼、霊木にきざみ、持っていた小像をその胎内に秘仏として納め、蛸薬師如来とたたえて祀られるようになったと…






見れば薬師如来の下に蛸が…こんな感じで運んできたんだな☺️






身の危険を感じると墨を吐く習性のある蛸は暗闇でも見える目を持つ生き物とされ、これにあやかって眼病を治すと言われたり、吸盤によって吹き出物や疣を取り払うなど効能は様々あるようだ。






蛸薬師については全く知らなかったから思わぬ形で学ぶ事が出来た。目黒では帰りに寄った寺社がまだあるので続きは明日のブログに書くとしよう☺️






ここからは猫写真を🐱







毛繕いをしている白黒の猫発見。





こっちに気づいた。あれ?この猫は…







貫禄のある黒白猫かと思ったら違った。こっちは完全に顔が黒いからな😅






この辺りは茶白、三毛猫、白黒猫が複数いて似た猫が多いから間違えやすいな。それぞれの特徴をちゃんと把握しておくとしよう😅

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