「絵本あるある」のひとつに、「アニメ絵をキーにしていろいろ語る」というのがある。

このネタは概ね「アニメ絵は絵本の基準から外れている」というアンチテーゼが発端となり、それに対して「絵本にそんな基準なんてあるのか?」とカウンターするという流れで進む。
私はそれを眺めては、議論というより流派の争いっぽいよなあといつも感じている。
その人の絵本への考え方が漏れる。
いい・わるいでなくポリシーの話というか。
一畳の歩数は四歩でなく六歩、みたいな。

なので、「課題図書批判」や「「子供」「子ども」表記論争」と同じくらい昔っからあって定期的に発生するこのネタが、私は好きなのだった。


私はと言えば否定も肯定もなく、「読む人が選べばええんやないの」と思っている。

絵本はぎょうさんあるんやし。

ちなみに、課題図書については私はあれはビジネスモデルだと思っていて、その面では思うところはあるが、「本を課題として読ますこと」については、これといって何も思っていなかったりする。

これに選ばれた時からその本は「教材」という厚手の上着を着るのだから。

話を戻すと、先日も下記の定期ポストがあった。

かん子さんっぽいご回答だと思った。

で、内容よりも気になったのは、ここでは「アニメ絵」や「漫画絵」ではなく「萌え絵」と表現されていることで、なるほど、今はそう呼ぶ方が通りがいいんだなと。

そして、そういや今読んだらどう感じるんだろうかと思い、ポプラ社のあの「萌え絵の絵本」を書架から抜いた。

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赤ずきん』(ぽっぷ:え/はやのみちよ:ぶん)の奥付を見ると初版2006年11月とある。

ポプラ社は今も児童図書出版社の売上トップだが、この頃は少年漫画雑誌の『コミックブンブン』や心理学雑誌の『月刊psikoプシコ』を創刊したり、あの『KAGEROU』を生み出した「ポプラ社小説大賞」を創設したりと、とにかく、貪欲に新しいことに取り組む出版社という空気をまとっていた。
また、この時期は坂井元社長の全盛期だったとも言える。

そんな中で発行された本作を手に取って最初に感じたのは、

  • どれくらい売れるのだろうか?

というものだった。
まあ、たいがいの絵本に対して私が最初に思うのはそれなんやけど。

本作の最大の特徴は「ぽっぷ・え」ということ。
本作刊行の3年前、POPさんはあの『萌える英単語~もえたん~』(渡辺益好/ 鈴木政浩/2003年/三才ブックス)のイラストを担当した。

 

当時私はネット書店員で、この本ががっつり売れていくのを目の当たりにし、出版物における「萌えアレンジ力」の凄みを感じたものだ。
定義はよくわからないが、萌えってすげーなと。
そしてPOPさんという絵師の存在もこの時に覚えた。

 

と、ここで、そもそも「萌え絵」の定義って何?ということについては、ここにおいては昔は「アニメ絵」と呼ばれていたものとし、また、POPさんが上記銘柄で描いた絵柄は「萌え絵」であるとさせてもらう。

いろんな定義がありそうやし。

『赤ずきん』ではPOPさんはいつもの萌え絵で絵本の「絵」を描いている。

絵柄を変えて描くという選択肢もなくはない。
このことから、これは明確にコンセプトであり、つまり本作は「萌え絵で絵本をつくること」を結果的にではなく意図的に実行していて、しかも『赤ずきん』という作品はグリム童話の中でも一番バッター的な立ち位置であり、なので他社発行もようけあって文章は大物翻訳者が担当することも珍しくなく、そういう状況の中で本作においては(失礼ながら)そのセレクトをしていないので、もう、企画の幅としては「これ一本勝負」という感じになっている。
こういう絵本は潔くて心地よい。

そして冒頭で触れたように「アニメ絵(≒萌え絵)の絵本」についてアレルギーを持つ人はいつも一定数いる。
この企画者は引き算よりも足し算の方が上回ると計算したのだろう。
当時のポプラ社っぽい企画というか。

で、再読して思ったのは、あらためて、完全に「絵本=子供の本」という構図内でつくることを徹底しているということ。
仕上がりがめっさ丁寧。
逆に引っかかったのは絵以外の部分、つまり、

  • はやのさんの文章はどのようにつくられたのだろうか?

という点。

著者区分が「訳」と表記されていないということは、この15場面に置かれた文章は『Grimms Märchen』の直翻訳ではないのだろう。

となると、他の『赤ずきん』を翻案したものである可能性が高く、それはどの作品なのか?

おそらくそれは、『赤ずきん』(ワッツ絵/生野幸吉訳/岩波書店)ではなかろうかと推察。

佐々木田鶴子訳大塚勇三訳と読み比べてみても、生野訳が構成面でもっとも近い。

 

私の書架にある生野訳は「岩波子どもの本」版(版型A5変)なので、図書館で大型版(版型A4)を確認すると当時の解説チラシが挿入されていた。

岩波の絵本にはよくあるパターン。

そこに記されていた「訳者のことば」の中で、生野幸吉はこう書いている。

文章はグリムの原文と同じドイツ語から、子どもにもわかりやすく、しかし、まったく省略せずに訳しました。

ここから、生野訳は翻案元としてもじゅうぶん耐えうるもののように思う。

念のため言えば、こういう形の翻案はNGでもなんでもない。
昔話にもしも「本当のストーリー」ってのがあるとしたら、それは「伝承」という伝言ゲームの最大公約数でいいんやないのと私は思っている。

みたいなことは考えたけれど、萌え絵については何も感じないのか自分、と思った。

昔は絵ばかり気になったのに、今は文章ばかり気になっているんだな。

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本日現在ポプラ社ホームページにて本作を検索すると「品切」と表示されている。
最終的にどのくらい売れたんだろうか?とやっぱり思う。

『赤ずきん』というかグリムというか昔話絵本はレッドオーシャンやし。


もうひとつ。
ポプラ社のPOPさん絵本の第一弾は『ふしぎの国のアリス』なのに、印象がぜんぜん残っていない。
そしてシリーズ計で5冊刊行されているのに、私の書架には本作しかささっていないのはなぜなんだろうか?

プロセスをぜんぜん覚えていない。

大阪から上京して、すぐに行った本屋がふたつある。

 

ひとつは千駄木の往来堂書店で、初代店長の安藤哲也さんが辞めはったばかりの頃。

書店員時代に「お客様が探しやすい棚を作ることが基本」と教わった私は、小さいとは聞いてたけど予想以上に小さく感じる店内で、そのベクトルとはまったく違う「文脈棚」を眺め、「本屋ってこんなことやっていいんや」と思った。


その後安藤さんはネット書店で私の上司になるのだけれど、この時点の私はまだそのことを知らない。

 

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もうひとつは吉祥寺のトムズボックス

 

上京前、「この絵本おもしろいなあ」と思って奥付を見たら、「編集:トムズボックス」と明記されていることがしばしばあった。

書架にささってる工藤ノリコさんのデビュー作『コバンツアーかぶしきがいしゃ』を手に取ると、奥付に「編集:トムズボックス」と表記されている。


 
 

あとさき塾」のことは上京するまで知らなかった。

 

で、「トムズボックス」は絵本専門店もやっていると何かの雑誌の記事で知り、遠いけど一度行きたいなあと思っていたら、東京の会社に転職することになったのだった。

 

書店で児童書を担当していた私は、小さいとは聞いていたが予想以上に小さい店内で、棚を眺めて「フラットな棚だなあ」と思った。
強弱がなくて文脈もなく、そして無駄なものもない。
なので絵本がまっすぐに目に飛び込んできた。


その後工藤ノリコさんにはじめてお会いした時、私は唐突に「工藤さんにとってトムズボックスってどんなお店ですか?」と尋ねてしまい、すると、工藤さんは「作家を応援してくれるお店です」とおっしゃった。

書店員経験のある私だが、そういう考え方もあるんやと、その時はじめて知った。



 

「絵本専門店としてのトムズボックス」は、2015年12月に閉店した。

あのお店は、

  • 原画展イベントと原画販売の開催
  • 自社刊行やグッズなどのSPA
  • 「トムズボックス」という名の知名度
  • 吉祥寺東急横という立地

と、小さいながらも独特の存在感だったのに、それでも閉店してしまうのかあと思った。


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それから3年経った2018年10月、神保町ギャラリー福果にて「トムズボックスの作ってきた本たち展」が開催された。




土日はようけ混むだろうと避けて平日夕方に行ったら大盛況やった。
ファンの多さを感じる。
おしゃれな人が多くて、背広を着たおっさんは私ひとり。

約250冊のトムズボックスの刊行本が並ぶ。
私はなぜか「トムズボックスが編集してきた商業出版の絵本展」だと思っていたので、壁面を眺めて「ありゃ、こちらですか」と。

トムズボックスが商業出版で編集する絵本はまず児童向けだが、面陳されている作品は概ね児童向けのものではない。
そのギャップが楽しく、そしてなぜにそのギャップが生まれるのだろうか?とずっと考えながら手に取る。


帰り際、当日在廊されていたトムズボックスの土井さんに、不躾ながらふたつだけ質問させてもらった。

  • ここに並ぶ本は、土井さんの持ちかけ企画と作家さんの持ちこみ企画のどちらが多いんですか?
  • 非流通本と商業出版で編集者として何が一番大きく違いますか?
めんどくさい質問ですみません。
刺激的なご回答をありがとうございます。

 

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次回は「トムズボックスが編集してきた商業出版の絵本展」があればいいなあと強く思った。

めんどくさいリクエストですみません。

私は児童書担当だが「児童文庫」には疎い。

 

児童文庫とは「文庫なのに新書サイズやん」としばしばツッコまれる、あの読みもの棚の端の方に納まっているペーパーバックのことだ。

 

これを創刊順にならべてみると、

  • 岩波少年文庫 1959年創刊
  • 偕成社文庫 1975年創刊
  • フォア文庫 1979年創刊(岩崎書店、金の星社、童心社、理論社)
  • 講談社青い鳥文庫 1980年創刊
  • 講談社火の鳥電気文庫 1981年創刊
  • てのり文庫 1988年創刊(学研、国土社、小峰書店、大日本図書、評論社)
  • 福音館文庫 2002年創刊
  • ポプラ社ポケット文庫 2005年創刊
  • 角川つばさ文庫 2009年創刊
  • 集英社みらい文庫 2011年創刊
  • 小学館ジュニア文庫 2011年創刊

と、けっこうな数があり、それぞれに特徴があるのだった。

何か抜けている気がするが。

 

たとえば、老舗の「岩波少年文庫」は半世紀以上の歴史を持ち、海外児童文学にめっぽう強い。

宮崎駿監督はこのレーベルのファンで、自身によるブックガイドも出している。

一方、同じく老舗感がある「岩福」の相方の福音館書店は21世紀に入ってからの創刊だった。

最初はたしか『パディントン』。

その頃私はネット書店の児童書担当をやってて、「なぜ今頃?」と思いながら紹介記事を書いた記憶がある。

それに同一名称のレーベルもかつてあったので、あれとはどういう関係なんだろうか。

 

また、「フォア文庫」や「てのり文庫」みたいに競合社が組んでレーベルをつくるというのも、なんとも児童書業界的だ。

学校巡回販売と同じ発想。

で、「フォア文庫は4社共同やからフォアなんや」と驚くのが新米児童書担当あるある。

 

そして現在の覇者は角川つばさ文庫だ。

たいがいの書店の児童文庫棚は緑色の背表紙の占有率が一番高い。

このことについては下記エントリで触れている。

 

では、「つばさ文庫」の前の覇者はどのレーベルだったのか?

 

それは「講談社青い鳥文庫」だ。

 

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付箋がようけ貼られた小中高生向けのブックガイドが、私の書架にささっている。

 

その本は『同級生が選んだ朝の読書のおすすめガイド』(青い鳥文庫ファンクラブ編/2004年/講談社)といい、付箋はウチの上の子が貼ったものだ。

彼女が本書を手にとったのは、たしか、時期的には小六の時、2012年頃だったと思う。

 

青い鳥文庫の特徴は「書き下ろしがメイン」ということ。

まあ、児童文庫全般でそうでもあるが、青い鳥は特にその印象が強い。

そしてコンスタントに売れ筋シリーズを作る。

 

そのことには「青い鳥文庫ファンクラブ」の存在がいくらか貢献しているように思う。

メンバーには会報などの特典があるほか、審査を通れば「ジュニア編集者」になれ、発売前の作品のゲラを読み、感想を提出する仕事が与えられる。

 

メンバーは護国寺に呼ばれることもあり、編集・営業を交えて、これから読みたいものについてみんなで話し合う、みたいなこともしていると、ネット書店員の頃に担当の方から伺ったことがある。

作家と出版社と読者の理想的な関係のひとつだなと、若かった私は思った。

 

で、本書はその「青い鳥文庫ファンクラブ」のメンバーによる、同世代向けのおすすめ本をまとめたものだ。

計144冊の内、青い鳥文庫の銘柄は77冊、レーベル外は67冊。

このファンクラブはガチや。

 

メンバーが青い鳥文庫を卒業した後も、本を読み続けているかはわからない。

ただ、青い鳥文庫のことは心のどこかに残っているんじゃなかろうか。

みたいな、おっさんなのに甘いことを想像してしまう。

 

そして、本書の42頁、福岡県の当時小五の女の子が推薦しているのが、『若おかみは小学生!』(令丈ヒロ子著/亜沙美イラスト/2003年/講談社)だった。

 

確認すると、上の子も42頁に付箋を貼っていた。

彼女はいつ読んだのだろうか。

 

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先月末くらいから、映画『若おかみは小学生!』がネットで絶賛されはじめた。

子供はもちろん楽しめて大人は感涙するらしい。

 

それを聞いてまず思い浮かんだのは、2001年に公開された『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』だった。

 

未来玩具2002』(岡田斗司夫/2002年/ロケット野郎)の中で岡田さんは本作について下記のように語っている。

大人向けの作品で「凄い」のなんて、けっこう簡単にできる。映画のスピード感や物語の面白さを放棄させしてしまえば、「凄い」「深い」映画なんてあんがい簡単にできるのだ。でも、今回のクレしんはいつもと同じ「子供も大人も楽しめる」というファミリー・ムービーという形式を守りつつ、あの高みまで上り切った。

本書の中でも岡田さんがひときわ興奮して該当映画を語っていたので記憶に残っていた。

 

子供も大人も楽しめるというが、「ファミリー・ムービー≒子供向き」というのが実質の構図で、それは世間一般が捉える「絵本」しかり「児童文学」と同じもので、いわば「児童映画」だ。

 

なので、『若おかみ』という「青い鳥文庫」の横綱作品が、クリエイターたちによってどのように「絶賛される児童映画」としてつくられたのかがめっさ気になった。

 

と、前置きが長くなったが、上記を踏まえて私は映画館へ向かった。

 

付箋のことを思い出し「一緒に行かん?」と上の子を誘うも即却下。

JKのハードル高し。

 

※以下、ネタバレ含む。

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三連休ラス日の朝イチ9:00の回の客入りは6割くらいで、家族客が多い中、私以外にもおっさんひとり客がけっこう居た。

内容は、両親を交通事故で亡くしたばかりの小六の少女「おっこ」が、祖母が経営する温泉旅館に同居することになり、その中で幽霊や友人たち、宿泊客との触れ合いを通し、人間的にも女将的にも育っていくという、ファンタジーありコメディありの成長譚だ。

はなっから親目線でおっこを眺める。

小六の時の上の子を思い出す。
 

冒頭5分、ハイウェイでの交通事故で両親が亡くなる。
おっこは祖母の元でなし崩し的に若おかみ修行に取り組むことになり、クラスメートとも触れ合い、気丈にも笑顔を垣間見せる。
この子は強い子や。


おっこは時おり、両親のことを思い出す。
両親はひとりっ子のおっこを包み込むように育てていて、愛情をたっぷり注がれ、おっこはそれに浸ることが日常であり人生だった。
両親へのお供えが妖怪に食べられて無くなってても、おっこは両親が食べたのだと思っているふしがある。
この子はけなげだ。


途中まではそう思っていた。

そして、宿泊客で占い師のグローリーさんのクルマで海沿いのハイウェイをドライブするあのシーンがくる。
すばらしい景色でわくわくしかない。

道中、おっこにあることが起こる。

映画はそれをリアリスティックに淡々と描写する。


観てる方はようやく気付く

気丈とけなげさに隠れていた、両親を目の前で亡くしたばかりの小六少女の本当の姿を。


大緊張の後、あの「ジンカンバンジージャンプ!」のシーンへつづき大緩和となる。
人間万事だ。
 

ただ、そこからはおっこの本当の状態を意識して眺めるようになる。

最後のお客さんがくる。

ここもひとりっ子で、両親からたっぷり愛情を注がれ、子は親が大好きでならない。
おっこにとってそれは、かつてそうであり、今もそうであったかもしれない自分の姿だ。
 

そしてこの物語は映画に登場しない子も含め、いろんなひとりっ子を描いていることに気づく。

で、あのラストだ。
おっこをしっかり抱きしめた大人は誰だったのか。

感涙だ。

原作が青い鳥文庫の横綱だけに本作のメインターゲットは児童であり、その前提から1ミリもはみ出さず、カラフルで生々しい息遣いを感じさせる世界つくった上で、その中に、すさまじい心の傷を負った小六の少女をリアルに描き、親の想いも詰め込み、大人も感動させる。

それをたった90分に収めたのが本作だ。

 

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帰路、泣きながらクルマを運転。

危ない。

 

つくった人みんなすごい。

かつての青い鳥文庫ファンクラブのメンバーが観たら、誇らしい気持ちになるんじゃなかろうか。

 

青い鳥文庫すごいなあ。

私の書架には一冊しかささってないけれど。

東急東横線の都立大学駅近くに「ニジノ絵本屋」という絵本専門店がある。

友人知人からその名前をしばしば聞かされるのでいっぺん行かなと思うも未だに行けてないのは、私にとって東横線沿線はハードルが高いからなのだった。
副都心線一本で行けるのに。

それは置いといて、ニジノ絵本屋は出版社としての顔も持ち(八木書店扱い)、その刊行物でずっと気になっていたものがあった。

 



それは昭和の絵師・松本かつぢの復刊絵本である『ふしぎの国のアリス』(2017年)で、1960年刊の講談社の絵本ゴールド版を底本としたものだ。

私の書架には該当銘柄は無いが、同一シリーズの他銘柄はささっている。

で、当シリーズはすべて版型B5で縦書き右開きと認識しているが、本作は版型B5横で横書き左開きに変更されているのだった。

松本かつぢという職人が右にめくるためにつくった絵本を、左にめくるようにつくりかえたら、どのように感じるのだろうか?
 

昭和中期以前の翻訳絵本では原書と開きを逆転するケースはあったが、国産絵本でのこの事例は私が知る限りでは聞いたことが無い。

大胆、というかリスキーなことをするなあと。
なのでずっと気になっていた。

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手に取る前に事前準備として『ニジノ絵本屋さんの本』(いしいあや/2018年/西日本出版社)を読む。

 


詳細は割愛するが、読んでて「この人頭がいいなあ」と思った。
ふしぶしから伝わってくる。
この人は己の武器を自覚している。

で、該当作品に触れている箇所で興味深いくだりがあった。

そんなタイミングでたまたま知り合ったのが、当時復刊ドットコムの社長をされていた左田野渉さんでした。(中略)そして「復刊」というものはどのような仕組みでできるものなのか、教えていただきました。(中略)原画がなければ古い本をスキャンしなくてはならず版元の許可を取る必要も出てくる可能性があるそうですが、原画が手元にあるのでそれも問題ありません。

なるほど、左田野さんが一枚噛んでいたのかと。

左田野さんは出版物の復刊のプロ中のプロで、世間、というかこの業界が広かった試しはない。
そういえば左田野さん本人からこのことを聞いた記憶があるような…。

記憶力の衰えほど老化を痛感させるものは無い。


それはさておき、本作は原画から編集・製本したということもわかった。

あの時代は原画の紛失も少なくは無いと聞くが、本作は無事だったんだと。

それを踏まえてかつぢの新版『ふしぎの国のアリス』を読んでみる。

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版型はB5横、横書き左開き、32頁、本文は和英併記、和文はひらがな・カタカナのみ、読点なし句点のみ。
表1見返しに、扉に向かって走る白うさぎの後ろ姿があり、頁をめくると素晴らしいイラストの扉があらわれる。
めっさモダンや。

構成は左面絵頁、右面文章頁で見開きはない。
そして、早くも2場面目でハッキリとした違和感を覚える。

  1. そこには表1見返しと同じイラストの白うさぎがいた。ただし方向は逆で、つまり、見返しのものは反転させたものだった。
  2. 頁は左へめくり、場面は右へ遷移していくのに、アリスと白うさぎは左へ向かって走っていく。

うーん、場面が遷移する方向とは逆に絵が流れていくというのは、ここまでサクっと引っかかるんだなあと、妙に感心してしまった。

そこからずっとそれが気になり続けた。

読了後に思う。
なぜに底本と同様に縦書き右開きにせんかったんやろかと。
和英併記にひっぱられていることはわかる。

また、底本スキャンではなく原画が残っていたからこそ左開きに変更できたということもあるだろうが。

 

しかし、右開きでつくった絵本を左開きに編みなおすとなると、たぶん、かつぢが生きていたら絵を描き直したのではなかろうか。

表1見返しの白うさぎの反転がそれを物語っている。

絵本にとって「頁をめくる」という要素は絶対的なものだから。

 

結果、よく言えばおおらかさ、逆に言えば散漫さがこの絵本にはあるのだった。

「そもそも右開き」という先入観がなくてもそう感じたに違いない。

 

本書でもうひとつ確認したかったのはディズニー版との絵面での比較。
底本の刊行は1960年で、ディズニーアニメの日本公開は1953年。
かつぢはおそらくディズニー版を観てるはず。
そして国立国会図書館サーチで確認すると、『不思議の国のアリス』関連の出版物は1953年以降に一気に刊行点数が増えている。

となると、刊行当時、「ディズニー版に酷似せず、でも離れ過ぎず」、みたいなリクエストが講談社側からあったのかもしれない。
仕上がりはそう思わせるにじゅうぶんな、絶妙のバランスだった。

さすが職人。

 

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『アリス』については『アリス幻想』(高橋康也編/1976年/すばる書房)を読んだ時にその深さとめんどくささから「これは手を出したらアカンな」と感じている。

フィールドがやたら広くてコアなファンが多いという印象。

でも私が一番好きなオールドディズニー映画は『ふしぎの国のアリス』。
なんでもない日ばんざい。

デア・シュトルベル・ペーター』という19世紀のドイツの絵本がある。

初版は1845年。
日本はその頃江戸時代で、将軍は12代徳川家慶。

その33年前の1812年には、『グリム童話』第一巻の初版が刊行されている。

と、この絵本、現在も当時の形で流通している絵本の中では、トップクラスで古いものだと言える。

「時の流れ」という淘汰に200年近くも勝ち続けているってことに、畏怖すら抱く。

で、日本でも今も3社から刊行されている。

最初の刊行は1936年で、いずれもその後発行元を転々とし、内、ほるぷ出版版復刊ドットコム版は現時点では在庫はなさそう。


こうやって複数社・複数著者から刊行されている理由としては、原著者のホフマンの著作権が戦時加算を含めても、1960年にはフリーになっていたことが大きいように思う。

 

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結果、和名も『もじゃもじゃペーター』と『ぼうぼうあたま』の2本が走ることになった。

もじゃもじゃとぼうぼう、イメージは似たような感じか。

 

このうち、『ぼうぼうあたま』(伊藤傭二訳)は出版社を変えて同じバージョンが4回も刊行されている。

 

初回は1936年の曙光会(国内最初の翻訳版)、二回目は1980年の教育出版センター、三回目は2004年の銀の鈴社、そして現状最後が2006年の五倫文庫(発売:銀の鈴社)となる。
 

私の書架にささっているのは二回目の教育出版センター版で、巻末には6頁の資料が付いている。

これがめっさ詳細。
で、それによればこのバージョンは底本に1860年版を採用したため、表1イラストがファーストエディションにはなっていないとのこと。

これは訳者の伊藤傭二がドイツで入手し、翻訳して日本の甥っ子へ送ったものが1860年版だったということで、でも、表紙のインパクトはこっちの方がでかい。

最初見た時アンドレかよと思った。
 

また、初回の曙光会版は時代的な背景もあり、縦書き右開きでオールカタカナ表記になった。

タイトルは『ボウボウアタマ』。

モダンや。
 

そして時期的には後から刊行された『もじゃもじゃペーター』(1985年/ほるぷ出版)は、底本に1847年のファーストエディションを採用したので、表1イラストもオリジナル版になっている。


 

こっちもインパクトある。

つくりは原書にあわせて横書き左開きで、翻訳は大御所佐々木田鶴子先生。

いい紙使ってるし片面印刷なので頁数多めとなり、本体価格は2200円。

底本に忠実な「ザ・ほるぷの翻訳絵本」といった感じ。

『ぼうぼう』との内容比較は割愛。


そしてもうひとつの『もじゃもじゃペーター』(1980年/集英社)が謎なのだった。


こちらも一度絶版となりその後2007年に復刊ドットコムより復刊となっている。

それぞれ死んでも生き返る。
本書は絵は底本を採用してなくて、当初は和田誠さんが絵を担当する予定だったけど、和田さんの推薦で飯野先生が描くことになったというエピソードがあとがきに書かれている。

 

で、謎はそこではなく、翻訳が生野幸吉ということに関連する部分なのだった。

集英社版の刊行は上記のほるぷ版より5年早い。

つまり、それまでは『ぼうぼうあたま』だったタイトルを『もじゃもじゃペーター』に変更したのは、単純に捉えるとこの生野訳からになる。

 

なぜにそうなったんだろうか?

なぜに縦書き右開きを採用したのかも気になるし。

ただ調べるのに時間がかかりそうなので一端保留とし、リタイヤ後のTODOリストに入れてしまった。

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と、前置きが長くなったが、私の書架には『デア・シュトルベル・ペーター』の原書版がささっている。

と言っても楽譜付きのもので、買ったのは1998年の4月、場所はベルリンの小さな書店。
奥付は初版1979年、表1はファーストエディション。

 

ふらっと入ったら面陳されていて、価格は「14.5DM」の値札に赤ペンで斜線が引かれ、60%OFFの「5.95DM」と色付きの値札が貼付されていた。
「これは買いやで」と即購入。


ミュンヘンに戻り頁を開いて驚く。

 

ノンブル24の後が9になってて、P25からP32が抜けとるし…。

 

ばっちり乱落丁。
最初に言うてよ…。
にしても傷んでるから値引きして売ればええかって発想がすごい。

いや、小売りやったらこれが普通なんか…。


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今となってはよい思い出。

むしろ乱落丁の『Der Struwwelpeter』が書架にささってるのがうれしい。