絵本沼

絵本沼

絵本評論、絵本史研究をやってます。絵本を考察して愉しむ日々。

本年6月20日(日)、静岡県三島市の「えほんやさん」にて絵本沼講座をZoomで開催します。

 

えほんやさんのお二人が絵本沼風プレゼンをしてくれました!YouTubeにありますのでぜひご覧ください

 

「えほんやさん」は2018年10月にオープンした絵本専門店で、代表で絵本作家のえがしらみちこさん、店長のふくえひろこさんの姉妹できりもりするアットホームなお店です。

オンラインでの開催となりますが、書店での講座は「つづきの絵本屋」さん以来2回目で、書店出身者としてめっさうれしいです。


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イベント名:絵本を読み、愉しみ、考えて、ハマる「絵本沼講座」#えほんやさん_Zoom

日時:2021年6月20日(日)10:00~11:30


形式:えほんやさんでのオンライン講座(ネット環境でのパソコン、タブレット、スマホなどでの参加)


内容:PowerPointを使ったプレゼン形式の絵本評論です。今回は先日お亡くなりになった絵本作家のエリック・カールの生涯と初期の作品についてお話しします。


■青虫の必然と逡巡。

エリック・カールの生涯を見ていくことで、彼がなぜ、絵本史上空前の世界的ベストセラー『The Very Hungry Caterpillar』(邦題:はらぺこあおむし)をつくることができたのか?と、その日本語翻訳をすることになったもりひさしさんの逡巡について解説します。


参加費:2,200円(税込)


※お申し込みはえほんやさんのご購入ページ、またはTEL055-900-1052までご連絡願います。

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以前、一度だけ講座の中で語った内容を、大幅に加筆・修正しました。

かなり濃い内容です。

えほんやさんの売上UPにもつながりますのでぜひご参加ください!

静岡県三島市の絵本専門店「えほんやさん」で開催された「きくちちきさんのトークイベント(Zoom)」を聴講。
 

めっさおもしろかった。


講演はリアル対面が一番ではあるけれど、オンライン配信でも、リアルタイムでクローズドな環境だと、受け取る情報量は多い。
それはたぶん、発信側の準備と進行に寄るところも大きいのだろう。


きくちさんの商業出版デビュー作『しろねこくろねこ』(2012/学研プラス)はとても繊細な作品で、本日拝聴して、ご本人もやっぱり繊細な方なのだなあという印象を受けた。

あらためて頁をひらき、この大胆な線は、何千、何万の「採用されたかもしれない線」の山から生まれたのだなと感嘆する。


本作は白猫と黒猫の二匹の猫の物語で、絵にも文にもそれぞれの雌雄を明確に表現している箇所がない。
このことが気になっていたので、Zoomのチャットで本イベントの主催者のふくえ店長とえがしらみちこさん伝えると、きくちさんに尋ねてもらえた。

 

きくちさんは、

  • それは意図的に描いていて、二匹の関係性は、読まれる方がそれぞれ感じられればいいと思います。

という旨の回答をされた。

きくちさんの絵本づくりのポリシーの一端も垣間見える。

 

私が白猫は雌、黒猫は雄となんとなく解釈していたのは、おそらく、『しろいうさぎとくろいうさぎ』(ガース・ウィリアムズ/松岡享子/1965/福音館書店)の刷り込みがあったからかもなあと。

さっきあらためて読んでみると、今度は「白猫は雄なのでは?」と思えた。

読み手の解釈に委ねる部分が多い絵本は、読み解きがいがある。


同じくデビュー作の『やまねこのおはなし』(どいかや/2012/イースト・プレス)は、読んだ時にストーリーにびっくりしたので、不躾ながら、そのことについてもチャットを通じて質問させてもらった。

やまねこの心中をどう判断するかは、読む側次第ではあるのだけれど、僕は、読後めっさ辛かった。

 

ご回答内容については差し控えるが、この、質問をゲストに直接するのではなく、ホストにチャットで伝える仕組みってのは、インタラクティブで気持ちいい。

 


画像は『とらのことらこ』(2018/小学館)と『しろねこくろねこ』の表1で、それぞれ、蝶がアクセントになっている。
『やまねこのおはなし』の表1にも蝶がいる。

きくちさんは蝶にどんな意味を込めたのだろうか。

 

それと、興味深かったのは、きくちさんは絵本作家になる前、骨董店でブーテ・ド・モンヴェル(1850-1913/フランス)の絵本に出会い、それが絵本作家を志すきっかけになったという話。
きくちさんはモンヴェルの原書絵本(楽譜絵本)を手に取って衝撃を受けられたとのお話だったが、それは表現も大きかったけど、絵本の装丁・製本の面も同様だったとのこと。

今日のきくちさんの絵本を手に取ると、なんとなく、なるほどと思う次第。

 

モンヴェルの絵本は一冊だけあったなあと書架を探すと、ほるぷの『ジャンヌ・ダルク』が差さっていた。

私の第一印象は「でかくて長くて単価の高い絵本」だった…。

 

えほんやさん、ありがとうございました。

かえるとがまの室内楽①_アーノルド・ローベル展で思ったこと。

 

1934年、ポーランドのクラクフという町に、アニタ・ケンプラーというユダヤ人の女の子が生まれた。
時代的には世界恐慌の真っただ中の頃になる。

アニタが5歳になった年、かの大戦がはじまり、両親と引き割かれて強制収容所に収監されることになった。
アニタは10歳で終戦を迎え、赤十字社に救われてきょうだいでスウェーデンに渡り、混沌の中で両親を探し続けた末に、13歳の時にようやく再会できた。
そして16歳になった1950年、一家でスウェーデンを離れてアメリカのニューヨークに移住することになった。
この人の人生は、激動だ。

スウェーデンに居たころから「アーティストになりたい」と思っていたアニタは、ブルックリンのプラットインスティテュートに通い、演劇活動に夢中になる。
アニタはほどなく演劇部のスター・プレーヤーになり、同じくスター・プレーヤーだった同級生に心惹かれた。

その後、終戦から10年経った1955年、21歳になったアニタはその同級生と結婚した。
お似合いや。
すごいことに、後にふたりはそろって、著名な絵本作家になった。
 

アニタの夫の名前は、アーノルド・ローベルという。
 

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時は経ち、夫のローベルがエイズで死去した4年後の1991年、アニタ・ローベルはインタビューの中で、『がまくんとかえるくん』について以下のように語っている。

限度あるスペースで、ドラマを最大限どのように表現するかということは、(演劇の舞台も)絵本も同じだと思います。絵本もいろいろな絵本があって、舞台との関係でいいますと、『がまくんとかえるくん』は室内楽のような表現だと思います。
-『MOE』1991年10月号(白泉社)

室内楽という例え。

たしかに、『がまくんとかえるくん』という作品は、がまとかえる以外の登場キャラが極端に少ない。
完全にふたりだけの、研ぎ澄まされた人間関係を通して、物語が進む。

がまがすねることはあるけれど、彼らはケンカをしない。
ふたりで喜怒哀楽を共有する様は、なんというか、親友というより「同性間の過激な友情」といった感じだ。
ふたりは恋人といっても差し支えないかと思う。

この『がまくんとかえるくん』シリーズは『ともだち』『いっしょ』『いつも』『きょうも』の4部作で、それぞれ各5話収録されていて、シリーズ計で全20話となる。
内、この国でもっとも有名なのは、小学校教科書にも掲載された、『ともだち』収録の「おてがみ(原題:THE LETTER)」になるだろう。

内容は割愛するが、「おてがみ」は『ともだち』収録第1話「はるがきた」と、第3話の「なくしたボタン」の伏線を回収する構成になっている。
これは、『ともだち』一冊を通して読めば気づくようにできている。

当然なのだが、ローベル(と編集者)は収録5話でバランスをとり、一冊の作品に仕上げている。
で、作品のバランスの完成度がもっとも高いのは、第3巻にあたる『いつも』になるのだった。

『いつも』はたぶん、四部作の中でもっとも地味な作品なのだが、ここにはシリーズ全20話の中で個人的ベストにあたる「そこのかどまで」が収録されている。
これは、数少ないかえるの家が舞台になっている作品で、しかも、「かえるの父」が登場する神回だ。

と、シリーズ各話にいろいろと触れたいところだが、それは置いといて、そんな中、何度読んでもよくわからない話がひとつある。
それは、最終作『きょうも』収録の「がたがた」なのだった。

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本作はシリーズ最終作『ふたりはきょうも』(Days with Frog and Toad/1979年)(三木卓/1980年/文化出版局)の3番目に収録されている。
原題「SHIVERS」は「(寒さ・恐怖などで)震える、ぶるっと身震いする」(参・ジーニアス英和辞典)という意味で、邦題「がたがた」はその様のオノマトペになる。


内容は、

・風の強い冬の晩、がまとかえるは、かえるの家(※)で談笑していた。

・かえるが唐突に、「こういう時はお化けの話をするのが一番だよ」と言い出す。それを聞いたがまは、「君は怖いことは嫌いか?」と尋ねると、かえるは「さあ、どうだろう」と曖昧に答えた。

・かえるは思い出を語りだす。「子供の頃に家族でピクニックへ行った時、帰り道がわからなくなり、母が「としよりわるがえる」という、子蛙を食べるお化けの話をしてくれた」。それを聞いたがまは「それは君の作り話かい?」と問うも、かえるは「そうかもしれないし、違うかもしれない」とにごす。

・かえるは「両親は僕を待たせて道を探しに行った。待っていると、気づけば、としよりわるがえるが側に立っていた」と続ける。がまが「それは本当にあったことかい?」と確認するも、かえるは「そうかもしれないし、違うかもしれない」とにごす。

※本文に指定は無いが、シチュエーション的にかえる宅と思われる。

というもので、上記からの先は、かえるはとしよりわるがえるの食欲を沸かすため、強制的に縄跳びをする展開になり、その描写は、がまを畳みかけるようにビビらせるものになっている。

読んでるこちらも不気味であり、その気持ちを汲み取るように、最後にがまはかえるにファイナルアンサーを求める。
「これ、本当のお話かい?」。

すると、かえるはさらりと、「そうかもしれないし、違うかもしれない」と答える。

なんとも不思議な作品だ。
全20話を振り返ると、本作は『いつも』収録の「そこのかどまで」と『いっしょ』収録の「こわくないやい」とそれぞれ対になる作品ともいえるが、決定的に違うのは、かえるの態度なのだった。
 

で、捉えようによっては、かえるの言動は「がまとふたりでSHIVERSを楽しむ」ことを狙ったものだと解釈することもできるが、すくなくとも、僕が知っているがまはそんな器用な蛙ではない。
これまでの彼ならばそんな機微は読めずに、ますます困惑するだけだろう。
 

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アニタが言うように、本作は最小限の要素と、その中で多様なテーマを展開する「室内楽のような作品」だ。

が、その中で本作の異色さは特筆すべきものかと思う。
 

この苦みが混じった読後感。
ローベルが本作でもっとも伝えたかったことはなんなんだろうか?


■参考
『世界でいちばん愛される絵本たち』(2000年/白泉社)
『がまくんとかえるくんができるまで アーノルド・ローベルの全仕事』(2021年/ブルーシープ)

 

 「「がまくんとかえるくん」誕生50周年記念-アーノルド・ローベル展」(2021年/立川市PLAY!ミュージアム)