[中国人民革命軍事博物館/北京]キ−55

 

中国人民解放軍の歴代の兵器を主とした展示物が展示されている。ここでは終戦時に接収した日本軍や中国国民党軍の兵器を羅列します(・∀・)

 

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北京地下鉄1号線「軍事博物館」駅下車。

 

中華人民共和国建国十周年を記念して建築されたそうだ。セキュリティチェックはそれなりに厳しかった(コロナ禍前)

 

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99式高等練習機[キ55]
昭和13年に制式採用された98式直協(98式直接協同偵察機)を練習機に改造したもので、外観はほとんど同じ。昭和14年7月に制式採用された。製造は立川飛行機と川崎航空機。

 

満洲国軍でも運用。国共内戦時(昭和20年〜24年頃)は、東北民主連軍航空学校(八路軍の航空学校)でも使用された(教官は関東軍第2航空軍独立第101教育飛行団第4練成飛行隊の隊員300名余)。練習機だが性能は実用機と変わらないため、連絡・観測などにも使われたとのこと。7.7ミリ機銃を1挺搭載。

 

 

 

 

 

98式直協と99式高練の大きな違いは、主脚のカバーが廃止されていること。

 

 

 

 

 

 

 

99式高等練習機の現存機

ここ北京の本館、輸出先だったタイのタイ王国航空博物館(バンコク)の2機のみ。

 

 

終わり

 

 

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中華民国空軍のU2偵察機(空軍気象偵察研究班所属)

人民解放軍による迎撃で5機を失い3名のパイロットが戦死、任務中や訓練中の事故で6名のパイロットが殉職した。写真の機体は中国・南昌市郊外にて飛行中、人民解放軍が発射したミサイルの直撃は免れたが、爆風に耐えられず落下したものを鹵獲したそうだ。

 

 

表向きは、中華民国がU2を購入。(第35中隊=黒猫中隊を編制し、購入機体に台湾国籍マークが描き黒猫をエンブレムとした。桃園基地に駐留。ロッキード航空の従業員と名乗る多くのアメリカ人(分遣隊Hと呼ばれる)が、U2の整備や情報処理を支援していた。

 

 

1960〜70年代、少なくとも5機のU2が中国上空で偵察任務中に撃墜された。これらのU2は台湾のパイロットが操っていた。台湾のパイロットは空軍気象偵察研究班に属し、当時、気象調査中だったと主張。

 

 

 

 

1974年、CIAはU2を台湾から米空軍に移管したとされる。

 

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