[広島湾要塞]早瀬第1堡塁②観測所
広島県呉市音戸町早瀬
早瀬瀬戸防禦
早瀬第1堡塁(倉橋島)
起工:明治32年10月7日
竣工:明治34年3月31日
備砲:28センチ榴弾砲×6門(1座2門) ←備砲されず
標高:303メートル
廃止:大正8年8月(大正15年10月、呉鎮守府に移管)
[呉海軍警備隊]
毘沙門聴音探照所
引渡目録:96式150cm探照灯及び同管制器、付属品補用品共、電動直流発電機1基
出典:『現代本邦築城史』第2部第19巻「広島湾要塞築城史」
出典:国土地理院 1948/01/07(昭23) USA-M2-6-46より抜粋・加工
悪天候の中、広島県の戦跡を濃厚に探索されている妖怪酒隠し(@SAKE_KAKUSHI)さん、戦跡探索の雄である祐実総軍カエル(@yumisogun)さんのご案内で探索いたしました。お世話になりました!
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毘沙門聴音探照所の図
出典:浄法寺朝美「日本築城史-近代の沿岸築城と要塞」P.204、抜粋
[呉海軍警備隊]毘沙門聴音探照所
引渡目録:96式150cm探照灯及び同管制器、付属品補用品共、電動直流発電機1基
引渡目録
出典:アジア歴史センター(C08011272200)昭和20年9月1日兵器軍需品等目録 呉海軍警備隊(4)
観測所の標高約322メートル。
早瀬第1堡塁砲台③(標高約306メートル)からはなだらかな坂道である。
雨に煙る観測所(早瀬第1堡塁と第2堡塁兼用らしい)。
この掩蔽部に電動直流発電機が1基が置かれていた?形跡在り。
観測所の記事では「これは・・・なんだろ?」と書いたやつ。これ発電機を置くためのコンクリート製台座ではないか?
床にはコンクリート片が散乱している。
台座の辺りの天井は、何かを爆破した時に飛び散る痕跡あり。
色々と、あーでもないこーでもない、と推理中
観測室には測遠機の台座がみあたらないが、昭和になって測遠機の台座を撤去して、ここに「聴音探照所」で使用する何かの機材を置いたのではないか?と推理してみる。
観測所の小山は一周できるが、本来あるべき石組が抜かれているため、少し崩れている。一周道から反対側の小山に上がれる階段がある(赤の矢印)。ただしここは激藪すぎるので別のルートで上がってみる。
大正8年に早瀬第1・第2堡塁全ての施設が廃止され、大正15年に呉鎮守府(海軍)に移管された。
呉海軍警備隊戦時日誌によれば昭和19年秋頃から、早瀬第1・第2堡塁観測所辺りに「毘沙門聴音探照所」の建設工事を始めている。竣工年月は不明だが昭和20年2月以降にある程度の設備は完成したようだ。
観測所の石組の石がこんなところへ?
石組の掩体が現れた( ̄^ ̄)ゞ
直径3メートルほどの掩体の中央部に、アンカーボルトの孔が無いコンクリート製円形土台がある。ここに探照灯の管制器が設置されていた???
広角で撮影してみた
謎の構造物も・・・
なんだろう?
なんだろう?
台座の大きさから察するに、、、
アジ歴に、引渡目録に、ファーザー氏のブログでは、、、
こんな感じで議論しながら次の早瀬第2堡塁へ向かう。
終わり
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