[佐世保鎮守府]岡本水源池①貯水池
長崎県佐世保市十文野町、
起工:明治32年
竣工:明治34年3月
施工者:佐世保鎮守府第3海軍区
第1沈殿池:堤高4.6m、堤頂幅5.5m、基盤幅19m
第2沈殿池:堤高4.55m、堤頂幅2.2m、基盤幅11.2m
有効貯水量:計22,100m3
※1,000トン/日の供給
※安定水源から外され、地域の簡易水道として使用されている。
岡本水源地と翌年(明治35年)5月に竣工した矢岳浄水場を8インチ管(鋳鉄管)で結び、水道水を佐世保鎮守府構内へ給水した。
岡本貯水池から矢岳浄水場までの距離は7.4キロ、高低差は146メートルある。高低差による水圧によって水道管が破裂しないようにルート途中の野中と堺木に、水圧を下げるため減圧井が設けられた。いずれも屋根は日本瓦葺で和洋折衷の円筒の建屋内にある。
野中(十文字)減圧井
標高約110メートル
長崎県佐世保市十文字町121−2(消防団第23分団)
日本瓦が葺いているはずだが、よくわからない。
こちらが正面
水道管はこの道の下にある。
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堺木峠減圧井
標高約60メートル
長崎県佐世保市瀬戸越町1238-1(よしむら歯科)
矢岳浄水場(佐世保市今福町)は現在、自衛隊官舎敷地内にある。地上の構造物は破壊されて何も残っていないらしいが、地下貯水槽は現存のようだ(←未訪問なので不明)。郭公藪の湧き水も矢岳浄水場に引かれ、海軍水道が完成した。
矢岳浄水場(佐世保市今福町)
地下貯水槽
出典:佐世保鎮守府水道施設群
余談だが、佐世保市は明治36年4月から海軍より水の分譲を得て、市営の水売り巡回サービスが開始された。山の田貯水池の完成後の明治41年から水道管による市民の給水が始まった。昭和15年に佐世保市の菰田貯水池が完成して軍水道に頼らずとも良くなった。戦後、軍港水道は佐世保市に移管された。
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