中学一年生か二年生からか ずっとずっと精神的な延命を続けている。病気とかではない。病気や身体の都合で透析や延命をしてる人には申し訳ないと思う。
自分で生きる理由や喜びを探して実感しないと、すぐに投げ出したくなってしまう。実際に傷をつけたことはまだないけど、直前まで行ったことは何度も何度も何度も何度もあった。
成人式の後、祖父は体調を悪くした。
あまり興味がなく、将棋の相手を断ったこと、また深く後悔したことを覚えている。
声も出せず、役目を終えたと判断し動かせず、弱っていく一方の四肢の真ん中に、透明な管がたくさん通っていた。口から物が食べれないからだ。
それでも、祖父は自分がいなくなると自分が働き、払い続けた年金が大幅に貰えなくなってしまうことをわかっていたのか、ひたすらに延命措置をした。排泄物の世話をされ、高そうな将棋盤の横で、辛そうな顔をしていた。
その時目の前でやるべき事と、やりたいことを秤にかけて、甘えん坊な癖に図太い俺はやりたい事を優先した。
もはや自分の意志では何も出来ない祖父を見て、祖父に対する感謝、畏怖の感覚と、自分に対する可愛さが大きくなったことも覚えている。
嬉しくて、楽しくて、暖かいとき、生きることが如何に素晴らしいかを考えて、ストックしておかないと、そうじゃない時の生きる理由が全く見当たらなくなってしまう時がある。
25年間をなんとか生きてきた気がしてたけど、全く取れてないバランスを、周りの人によって支えてもらっていただけだった。
父の好きな言葉は、一か八か、だった。
母親似の俺が気に入らなかったのかはわからないけど、父は自分の遺伝子として、バランス感覚を与えたのかもしれない。
こうやって人のせいにする性質を与えたのかもしれない。
今日も野面でのうのうと、なんとか生きてます。