『親の片づけの巻』
8月3日(水)大安
昨夜、寝しなに弘さんがお義母さんの話をしてくれた。
以前、弘さんの生みの親は産後に亡くなり、そのあと現在のお義母さんが育ててくれたことは聞いていた。
でも、あのキューピー人形のことがあり、意外な過去を教えてくれた。
「実はな、母さんうちに来る前に女の子を産んでいたらしいんた。
相手の人は大会社の社長で奥さんも子供もいたんで
結婚はできなかったらしい。
身籠ったことを知って1人で育てようって思ってたらしいんだけど
両親に知られて、生まれた女の子はすぐに里子に出されたらしい。
母さんは生まれたばかりの赤ちゃんの顔しか見てないそうだ。
そのあとオヤジとの縁談話があって、乳飲み子だったオレを育てて
くれたらしい。
母さん口には出さなかったけど、産んだ子に会いたかったんだと思う。
あのキューピー人形、俺が子供の頃からあるんだ。
毛糸で編んで着せてた服、女の子の服だろ?
昔はなんで女の子の服作って着せてんのかわからなかったけどさ、
徹が生まれた時に話してくれたんだよ」
あんなに明るい笑顔のお義母さんに、そんな過去があったとは…。
結婚式のとき、大粒の涙流しながら、
「娘が出来たみたいで嬉しい」って言ってくれたのは、
私に実の娘さんを重ねていたのかもしれない。
8月5日(金)先負
車で弘さんの実家に来た。
今週末は弘さんと徹と私の3人で、お義母さんの部屋を片づけ。
夕ご飯は、弘さんと徹が大好きなレンコンカレーにする。
レンコンは鹿島の名産で、たまに畑の沿道で安く売っている。
露店のオジサンとは顔なじみでよくサービスしてくれるから、車で寄って2袋買った。スーパーの半値で買えるから助かる。
レンコンは豚肉との相性がバツグン。いつもはひき肉で作ってるけど、今夜はちょっと贅沢して豚バラを入れてみる。
着いて早々、張り切って辺りを片づけを始めた弘さんと徹が、カレーの香りにつられてリビングにやってきた。
「うわぁ! レンコンカレーだ!!」
徹が目を輝かせながら、急いで席につく。
カレーを食べながら、お義母さんの部屋にあった新品の男物ポロシャツのことを弘さんに話してみた。
「お義母さん、あのポロシャツいつ買ったんだろう? お義父さんのサイズだよねぇ」と聞くと、
「オヤジがあんなに早く逝くと思ってなかったんだろ。2人であっちこっち旅行する計画とかも立ててたからなぁ。オレ、オヤジにパンフとか頼まれて持って行ったことが何回かあるよ」
お義父さんの病気が治って一緒に旅行することを心待ちにして、新しいポロシャツを買ったんだ。
子供が手を離れて夫婦二人きりになると、新婚時代に戻るってよく言うけどお義母さんもそうだったのかもしれない。
なんか切ない。人にはそれぞれの人生があるから、聞いてみないと大事なものかどうかはわからない。
それを踏まえたうえでの片づけが必要なんだと思った。
8月7日(日)大安
昨日病院にお見舞いに行ったら、お義母さんの具合はだいぶ良くなってきていた。この調子なら今週中には退院できるとのこと。
今日は片づけ日和のいい天気! 朝ご飯を食べてから、さっそく3人で片づけを始める。
私は散らかっている物を仕訳したり、畳んだりする役を担当。
弘さんはそれらを順番に段ボールや袋に詰めて、部屋の隅に積み上げていく。
徹は弘さんが荷詰めした段ボールに、置いてあった場所と内容をマジックで書く。
先月のカレンダーを破って、裏に片づけ観音さまに教えてもらったコトバを大きく書き、壁に貼っておいた。
「みんなでお部屋が片づいたあとに、おばあちゃんが帰ってきて喜ぶ姿を想像してみる」
このコトバ、なかなかのチームワーク力が出る。金曜日の夜一時間ぐらいやり、昨日と今日の午前中で半分は片づいた。
ポイントは部屋の隅から進む方向を決めて順々に片づけることって片づけ観音さまに言われたけど、その通りだ。
少しづつ部屋に空間ができていくことで、みんなのテンションが上がる。部屋の中の空気も心なしか澄んできた。
徐々に綺麗になっていく部屋を見て徹が、
「ぼく、おばあちゃんが段ボールの中身わかりやすいように絵も描いたんだ」と自慢げに話す。
見ると、段ボールに置き時計の絵やらハサミの絵やらが描いてある。
「え? 徹、コレなんだ?」
弘さんが四つ足動物風の絵を見て聞いた。
「床の間にあったお獅子のお人形だよう! 大きいのと小さいのと2ついたじゃん!」
よく見ると確かにその四つ足動物風の絵には、小さな牙が生えていた。
だが、とんがった耳も鼻もどうも犬っぽい。
「おまえ〜、父さんと同じで絵の才能はあんましないなぁ」
「そんなことないよ、ちゃんとお母さんはわかったよ。お獅子の牙の特徴は掴んでるじゃない」
フォローフォロー。徹の絵を描くアイディアって、徹なりのおばあちゃんに対する素敵な心遣いだと思った。黙々と続けてたけど、こんなに会話が弾んでる。
「こうやってみんなで協力してわかりやすい収納を考えれば、意外と片づけって簡単なのかもな」と弘さん。
そうなんだ、誰でもわかりやすい収納を目指せば、自然と片づいてくるのかもしれない。
帰ったらみんなで相談して、収納場所考えなおしてみようと思った。
8月11日(木)先負 山の日
今年から国民の祝日に仲間入りした『山の日』。
気持ちのいい快晴。お義母さんの退院の日が今日になってよかった。
病院に10時に迎えに行くと、すでにボストンバックに荷物は詰めこんであり、
お義母さんはベッドに座りながら隣の患者さんと話していた。
「病院でお友達できちゃったわ。隣のベッドの方、ご近所さんだったの。
私と同じでご主人に先立たれちゃったらしいの。退院したらご近所付き合いしましょうって住所交換してきちゃった」
帰りの車の中で嬉しそうにお義母さんが話してくれた。
お互い調子がよくなったら ひたち海浜公園に行こうと約束もしたらしい。
「あそこは秋になると、コキアで丘が濃いピンク色に染まるのよ。海からの爽やかな風が吹いてとても素敵なとこなのよねぇ」
嬉しそうに話すお義母さんを見て、少しホッとする。
帰り着くとお義母さんは真っ先に自分の部屋に行く。
「洋服ダンスはそのままなんです。お部屋の中に出ている物だけ、みんなで片づけてみました」と私。
「おばあちゃん、段ボールの中に何が入ってるかはボクが書いておいたよ。
わかりやすいように絵も描いてあるからさ」
「ありがとうね〜。お父さんがいなくなってから、なんだかお部屋片づけるのが億劫になっちゃってね~」
ありがとうを繰り返しながら、お義母さんは徹の絵を見て泣き笑い。
夕方、街道沿いにある回転ずしの浜寿司で退院祝いする事になり
4人で車で出かける。
6時前に入れてよかった。いつも混み合う店だけど、今日は待たずにテーブル席に座れた。
お茶も入れ終わらないうちに、徹がレーンに流れる寿司を一皿取ろうとする。
「ちょっと待て待て~」と弘さんが制した。
「じゃじゃ〜ん! みんなに心配かけてたけど、お父さん新しい仕事決まりました!」
え〜! それ、早く言ってよぉ〜! って思わずツッコミたくなったけど、
お義母さんの退院に合わせて話すとは弘さんらしい。
「同窓会で久しぶりにあった友達からな、人事部の課長のポストが空いてるって話があったんだよ。オレ、人事課だったじゃん。そのことヤツ覚えててさ。同じ家電メーカーなんだ。下請けやってた人達が集まって作った会社らしい。社長さん技術畑にいた人らしいんだけど、面接したときになんか熱いもの感じでさ。今は韓国とか台湾とかの家電製品が売れてるだろ。社長さん負けてられねぇって、日本人にしか出来ない物を作ってやろうって」
「まあ、それじゃあビールいっちゃおうかね。おばあちゃんも少しいただいちゃおうかな」
お義母さんがはしゃいでビールをジョッキで注文する。
「久枝にはずいぶん苦労させちゃったけど、オレ頑張るから」
運ばれてきたビールを一口飲んで真面目な顔をして弘さんは私を見た。
「ありがとう。私も今の仕事もう少し続けてみたいって思ってる。なんか、外の世界に行くといろいろ刺激受けるよね。最初はいやいや行ってたけど、仕事するのもいいなって。徹には不自由かけちゃうかもしれないけど、ごめんね」
お義母さんが私の肩を叩きながら、
「大変な時は手伝いに行ってあげるから安心しなさい。ね、徹。おばあちゃんも一緒にがんばるよ」と言ってくれた。
「大丈夫だよお母さん、ボクも頑張るよ夏休みの宿題!」
徹がお湯呑みを両手で持ちながら、かんぱーいかんぱーいと何度もグラスに合わせてくる。
久しぶりに家族だんらんの幸せな夜だった。
つづく
最後までお読みいただきありがとうございます。
山口りんか
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小説 ライター 山口倫可**作 読んでください。
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