2015年のロンドン大会で日本が衝撃的な戦果を収める前は、ラグビー人気はまだまだ下火でした。

2004年に2011年大会招致に挙手して、苦杯を飲み、諦めずに挑戦を続け、2009年に日本招致が決定しました。

その間、日本のラグビー関係者は不屈の精神で活動しました。

 

2003年イラクで凶弾に倒れた外務省の奥克彦国連政策課長(早稲田大学ラグビー部出身)は招致活動を強烈にリードした一人でした。

ラグビー議員連盟を牽引した森喜朗元総理や岳父町村信孝も先頭に立って汗を流しました。

招致活動の成功の裏には熱狂的な信者が紡ぎあげた強力な招致チームがあったのです。


日本代表は予選でロシアにもアイルランドにも勝利しました。

これから更にサモア、スコットランドとの試合があり、この調子で行けば決勝トーナメント進出も夢じゃありません!みんなで日本代表の健闘を祈りましょう!


ワールドカップに先立ち、国会議員のワールドカップも開催されました。

 

私は、どうせ運動不足の国会議員が気軽に参加するものと高をくくってアルゼンチン戦に参戦。

 

そうしたら、何と、他国は「ラグビーをやる国会議員」ではなく、「国会議員になったラグビー選手」でした・・・。

 

素人感満載な日本に対して各チームとも登場するなり部活のようなグループ練習をするなど明らかにホンモノ。

 

優勝したニュージーランドに至っては殺気ムンムンのハカを試合前に披露。

 

結果的に日本は助っ人のジョージアの議員(元代表選手を含む)や学生選手の力を借りて史上初の勝利を収めました。

 

当の私は何度もタックルで吹っ飛ばされて肩と太ももを負傷。

 

鍛え方の甘さを痛感しました。


 

↑激戦の後はノーサイド。アルゼンチンチームと写真撮影。

 

どの国の議員も試合の時は勇猛果敢で時には掴み合いになることも。

しかし試合が終わったらとてもフレンドリー。

 

ラグビーの同志としてお互いの健闘を称え合い、「ビールを飲もうよ!」とひとなつっこく誘ってきます。

改めてラグビーが好きになりました。

 

↑アイルランドの国会議員ラガーと、衆議院議長公邸にて。

 

最終日は衆議院議長公邸の大広間で各国の議員選手を招き、議長主催の懇親会。

和気あいあいとした空気の中で親交を深めました。

 

4年前の4月末、岳父町村信孝は体調不良により衆議院議長を自ら辞して、

この大広間で最後の花束を受け取りました。

そしてその1ヶ月後に他界しました。

 

あれから4年半が経ち、私が国会ラグビーワールドカップの試合に出場し、

その大広間で各国のラガー議員と固い握手を交わせた感激と感慨は言葉では言い表せません。

 

町村も天国で喜んでいるでしょう。

議長公邸を去る時、なんだか涙が込み上げてきました。