2回目の脳梗塞から薬の調合量の調整を主治医がしてくださった甲斐もあり妹の容体は安定してきた。
合わせて、母親もリハビリの効果もあり退院出来るまで回復した。
2024年の年明けから約5ヶ月間は心休まる時は無かったけど、これで一旦は落ち着くだろうと思い肩を撫で下ろした。
しかし、治療費や帰省費用など大きな出費となっていたのは事実。
また、疲れからなのか自分自身2023年夏以降、耳鳴りが常にあり、不眠状態であったが更に酷く感じるようになった。
以前から上司に地元へ戻れないか相談をしていた。妹と母親の容体が一旦落ち着いたことにより今のタイミングしかないと上司や会社の計らいで地元へ戻れる事になった。本当に感謝の気持ちでいっぱいだった。
地元に戻って今後は、治療費や介護用品費用などの助成を受けるために主治医やソーシャルワーカーさんとどのタイミングでどの申請をするか妹のお見舞いを兼ねて相談の話し合いが続いた。
改めて、助成の認定を受けるまでは役所などへ行く事が増えてくることが分かった。
まずは役所へ母親と相談に行った時である、役所の担当者と自分が話していてふと母親を見るとマスクの上からでも分かるぐらいの大きく口が震えている事に気付く。体調悪いんじゃない?と聞くと大丈夫だと答えたので、あと少しで相談終わるから待っていてと伝えた。
役所の相談は夕方終わり、母親を実家へ送る車中でも息苦しいとかないの?って尋ねるが大丈夫と返事があったので明日、かかりつけの病院へ行くように話して送り届けた。
その時は、これから母親の体調不調が始まるとは気付くよしも無かった。