本日はこちらの本です。


一日一生 (朝日新書)/天台宗大阿闍梨 酒井 雄哉

¥735
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【目次】

第1章 一日一生

第2章 道

第3章 行

第4章 命

第5章 調和



【カッチョコピー】

現代の生き仏からのメッセージを受け取ろう



【読書の目的】

一日一生を知る



【感想】

書店で、タイトルの「一日一生」という言葉に惹かれて手に取りました。


本書は朝日新聞夕刊のコラムが元になって書籍化されたものとのことです。


天台宗の独特な修行法である「千日回峰行」

これは約7年間を掛けて比叡山中を1000日間歩くというもので、

最終的に歩く距離は4万キロ近くになるとのことです。


この行を成し遂げた者は「大行満大阿闍梨(だいぎょうまんだいあじゃり)」という尊称が与えられます。

これまでの約400年間で成し遂げたのは49人しかいないとのこと。


そんな過酷な行を2度も行った(2度満行したのは400年間で3人)という酒井雄哉師の言葉の数々。


本書で語られるのは、大上段に構えた言葉でなく、ごく普通の言葉ばかりです。

「なのに」と言ったらよいのか、「だからこそ」と言うべきか、

みんなスッと心に入ってくるのです。


言葉は力を持っていると思います。

そんな言葉たちに励まされ、前向きな気持ちにして貰ったこともあります。


酒井師の言葉も、そんな風に前向きな気持ちにされてくれるものですが、

一方では、「今のあなたでもいいんだよ」と言ってくれているような

そんな暖かさも感じます。


今回は赤ペンチェックが多すぎでした。

個人的には最後の項の「まだ、たったの三万日しか生きていないんだなぁ」というのが

グッときまくりで、最後のページなんかは赤ペンを引いている意味がないだろというくらい

ほとんどの文章にラインを引いてました(笑)


ちなみにこの本、2008年10月30日が第1刷発行で、私の買った本が2009年2月で第10刷。

結構売れているようです。


本屋で偶々手に取った本でしたが、こんな出会いがあるからリアル書店はいいですね。


是非、読んでみてください!



余談ですが、友澤和子さんという方(記者の方?)がインタビューして

文章化されているようなのですが、この文章がとても良かったです。

ほどよく話し言葉が残されている書き方などは、

本当に語りかけられているような感じで読むことができました。


【赤ペンポイント】

一日が一生、だな。今日失敗したからって、へなへなすることない、落ち込むこともない、明日はまた新しい人生が生まれてくるじゃない。

それには、今日を大切にしなかったら、明日はありませんよっていうことでもある。今が一番大切だってことだよ。


人間のすることで、何が偉くて、何が偉くないということはないんじゃないかな。仏さんから見ればみんな平等。自分の与えられた人生を大事に、こつこつと繰り返すことが大事なのじゃないかな。


命が残されているっていうことは、今何歳であろうと、まだまだしなくちゃなんないことがあるのとちがうかな。


何をやるにしても「何のために、何をもって」と考える。これが意外に奥が深くて、何でも通用する。たとえば会社に入ったとしたら、会社のために仕事をするんじゃなくて、自分の人生として、こうふうにやるべきだと考えて、やればいい。

「一隅を照らす」とはそのことなんだよ。


自分なりに腑に落ちると、人はついそこで考えるのをやめにしちゃう。でも、答えがわからないといつまでも考えるだろう。肝心なのは答えを得ることじゃなく、考え続けることなんだな。


今の若い人は、よく勉強するからとても頭はいいんだけど、実践する力が弱いのかな。(中略)知っていることを生かすことができないってことは、結局、生かすところまで学んでいなかったってことになるんだよな。やってみて初めて、難しい、これは自分の手には負えないということも分かる。じゃあどうしようかと考える。


これまで何をしてきましただのではなくて、大事なのは「いま」。そして「これから」なんだ。いつだって、「いま」何をしてるのか、「これから」何をするかが大切なんだよ。

朝起きて、空気を吸って、今日も目が覚めたなあってなったときにね、さあ何するかなって思って、起きあがらなくちゃ。それが、今を生きているっていうこととちがうかな。


【こんな人にオススメ】

何かに悩んでいる人


癒しの言葉にふれたい人


と言うよりもすべての人に(笑)

※注) この記事は人によって「ネタバレ」と感じる文章を含む可能性があります。
 この小説を未読で、今後読む可能性がある方は閲覧に注意してください。


死都日本 (講談社文庫)/石黒 耀

¥940
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仕事柄、地震とそれなりには関わりがあるのですが、
同じ自然災害でも、火山というのには全く馴染みがありません。
 
大地震を扱ったこちら の本を読んだときは、
「自分だったらこう行動して、こうやって避難して…」
などと想像しながら読んだものですが、
この本ではそんな事を想像する気すら起こりませんでした。

「こんな噴火が発生したら、もう諦めるしかないな…」と。

それだけ、火山の圧倒的威力を思い知らされる小説です。
 
 
本作は、九州の霧島火山で発生した破局的噴火を契機に始まる物語です。
 
南九州で発生した噴火が、九州を壊滅させるだけでなく
火山灰の降灰と共に日本中で発生する土石流。
 
まさにタイトル通りの「死都日本」と化していきます。

更には噴煙は国境を越え、日照不足による食料困難と
それを切っ掛けに世界各地で起こる紛争までが予測されます。
 
物語は2つの舞台を中心に進んでいきます。

ひとつは、霧島にある火山研究所を訪れた帰り道でこの噴火に遭遇した
日向大学防災工学研究室准教授にして火山オタクの黒木と新聞記者の岩切。

この2人が火砕流や火山灰、有毒ガスといった火山の直接的な猛威から逃れ、
とりあえずの安全な場所に辿り着くまでの様子を描いたもの。
こちらはまさしくパニック映画を見ているような感じです。
 
もう1つの物語の舞台は東京。
菅原首相を中心とした日本政府が「日本」という国家を守るために
奔走する姿を描いたもの。
 
全体の9割方を読み終わったところでも、絶望的な状況ばかり。
後半は「この物語、ちゃんと収束するのか?」と思いながら読んでいました。

結局最後は首相の演説で、日本国民と世界を納得させてしまうというラスト。
これには賛否があるようですね。
私はこれはこれでありのラストだとは思いますが…

個人的には、もう少し主人公の黒木のキャラ立てをしても
面白かったのではなどと思ったりもしました。

しかし一方では、登場する人間がちょっとやそっと違う動きをしたところで、
この圧倒的な火山物語は何も変わらないのかなとも思ったりもします。

まさに主演:火山といった小説です。

本日はこちらの本です。


偶然のチカラ (集英社新書 412C)/植島 啓司

¥714
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【目次】

Lesson1 自分で選択するべからず


Lesson2 世の中にはどうにもならないこともある


Lesson3 自分の身に起こったことはすべて必然と考える


Lesson4 たかが確率、されど確率


Lesson5 思いは全部どこかでつながっている


Lesson6 いい流れには黙って従う


Lesson7 すべてはなるようになる



【カッチョコピー】

偶然の力を知って幸せに生きよう



【読書の目的】

「偶然のチカラ」を活かす方法を知る



【感想】

本書はカルチャーセンターでの講義をもとにまとめられているとのことです。

だからか、この中で語られるエピソードはいろいろな方向に幅広く展開していっています。


それらはそれぞれで面白いのですが、この本の趣旨は最後の「おわりに」にまとめられているように思います。

というよりも、上記の目次に書かれた7つのことが、本書の結論のすべてと言ってもいいかもしれません。


個人的に感銘を受けたのが「一般に、悪い出来事は連鎖反応のように続いて起こるというが、

実はよい出来事も、そうと自覚しないだけで、やはり同じように続いて起こっているのかもしれない。」というところ。


確かに、悪いことがたまたま2回続くと「悪いことばっかが続く」と思ってしまいますが、

いいことが2、3回続いたところであまり意識しないかもしれません。


このあたりの意識の持ち方が変わるだけで、幸せ度がだいぶ高まるような気がします。

それが偶然と上手に付き合うということなんでしょうね。


結局のところ、偶然って何?というのは最後の最後に書かれているこの文章。

「われわれのこの世界には『偶然』がその構造の基底部に含みこまれている。

しかし、そえゆえにこの世界(逆説的に)方向性が生まれるのである。

けっしてランダムに動いているわけではない。もし偶然の力を最大限に生かすとしたら、

『すべてはなるようになる』という柔軟な姿勢は不可欠であろう。」



【赤ペンポイント】

人は果たして選択が正しかったどうかをけっして自分で確かめることはできない。


人間はだれしも自分が選んだことにとらわれて自由な判断ができなくなる。


たとえば大きなギャンブルでは、まず自分より相手に判断させるように持っていくのがコツだ


うまく生きる秘訣はなるべく選択しないですますことである。「あれかこれか」ではなく「あれもこれも」ということである。


「徳」というのは多くの人々と交わるなかで初めて養われるものであり、そのためにはいつも自分が多くの人々に向かって開かれていることが必要となってくる。


幸運ばかり願う心にこそ災いは忍び込むものである。


いいとこ同士はなかなか結びつかず、悪いことばかりがつながっていく。


あまり幸運が続くと、次は不運がやってきそうで不安になり、別の流れに乗ろうかと迷うケースがしばしばある。しかし、いかなるときでも、好ましい流れは自分から放棄してはならない。


この世には、対象のない苦しみがあるように、対象のない喜びというのもまた存在するのである。ただぼうっとしているだけで幸せな状態こそ、本当の幸せなのではないか。


人生ではだれの身にも起こることを不幸と呼んではいけない。だれもが年をとり、病気になり、死んでいく。それは生き物としてごく当たり前のことであり、不幸でもなんでもない。



【こんな人にオススメ】

「未来が見えず、いったいどうしたらいいのか」と思っている人