遅くなったけれど、金曜日のこと。

 金曜日は、午後から1991年のノーベル化学賞を受賞された、Richard R. Ernst 教授の講演を聞きに行ってきた。
 正直、NMRのこととかあまり詳しくないし、強い興味があるわけでもない。けれど、ただ色々な人たちの言葉や考えを知りたいと思っていて、その中でもノーベル賞をとった方の考えが聞けるだなんて! と二つ返事で友だちの誘いを受けた。

 そうだよね。

 それが、率直に思ったこと。聞いていて、すごくどきどきした。
 全部英語だったし、前半の専門的な研究の紹介部分はあまりよく分からなかった。だけど、90分ある講演の半分以上を費やした後半部分が、何よりも良かった。

 これからのこと。科学や社会の在り方。
 まず、その部分に時間の大半を割いているところに共感を持った。
 大学生メインの講演ということもあるかもしれないけれど、「いつも言うようにしている」との言葉からも感じられる通り、後半部分を研究内容以上に強調したプレゼンになっていた。

 専門知識が要らない部分だから英語も比較的分かりやすくて、スライドもうまくまとめられていた。レジュメが配られなくてだいぶ抜けてしまったのが残念! 考えさせられる言葉がたくさんあったのに……。
 例えば、Cooperation とCompetition の話。協力よりも競争を第一とする時代。他人に勝つこと、打ち負かすことを良しとする現状について。
 エルンスト教授の話には、いつも「社会のために」という想いがちらつく。言葉として直接的に言っている訳ではないのだけど、声や文字から染み出るように伝わってくる。

 だから、やっぱりそうだよね、と思った。

 年を重ねた人ほど、社会のために生きることの大切さがよく分かっていると感じることがある。特に、エルンスト教授のようにノーベル賞を取る程の人は、研究如何よりもその根底にあるものが素晴らしいのだろう。
 目的意識が薄い人も多い中、どうすれば社会に貢献できるかに悩み、そのひとつの重要な手段として「伝える」ということを意識しているからこそ、今回のような講演ができるのだと思った。

「理系の技術は、これまで発展至上主義の中で活かされてきた。けれど、今や人間は70億もの個体数をもつ地球史においておそらく最も繁栄した種となった。それなのに、まだ人間は国家間で醜く争い、他国より抜きんでようと自国のために技術開発を続けている。人口増加によって複雑化、大規模化したこうした国家間の争いは、文系的なやり方では恐らく解決が難しい。地球環境問題や、社会格差の問題、医療や教育の問題も同様だ。これからの科学は、発展のために利用されるべきではなく、そうした発展至上主義が生み出してきた歪みを無くしていくために利用されるべきだと思う」

 これは、大学の授業のレポートで「科学技術と発展」について書いたとき、自分が考えた内容のまとめだ。エルンスト教授の話を聞きながら、改めてこのことを痛感した。そして、嬉しくなった。

 理系で進んで研究職になっても、一般向けに対しての「伝える」作業がない学術論文では、社会を動かしていくことはできない。社会を変えていくためには「伝える」こと、「動かす」ことが重要だと思ったから、自分はどうしても伝える側の人間でありたい。だから、理系の道には進まない、と考えた。今でもその想いは変わっていないけれど、教授の話を聞きながら、目的は一緒なんだな、と思った。やっぱり、結局手段が違うだけなんだな、と。おこがましいかもしれないけれど、すごく嬉しかった。違うフィールドになるけれど、理系の最前線で、違う国で、同じような考え方を持ってる人が社会をよくしようと戦っていることに凄く感動したし、勇気をもらえた。
 まだ自分は手段を模索しているところだと思う。社会に出て、広告というフィールドで何が学べて何ができるか(できないか)は未知数だ。だから、ちゃんとそのことを忘れずに、常に自分のやりたいことと向き合って、悩んでいる人間でいたいと思った。

 講演を聞きながら何度もうなずいて、終わってから嬉しくなって顔がほころんで、家に帰ってからもどきどきしていた。
 少なくとも、エルンスト教授の開発した技術はMRIとして実用化されて、医療現場でたくさんの人のためになっているんだな―と思うと、負けられないな、と思ってすごく嬉しくなった。