3月23日。卒業式。

学位授与式。謝恩会。

大学生としての行事がすべて終わった。

二次会、三次会と今まで溜めていた分を吐き出すように朝までしゃべり、飲み明かした。
いつもよりちょっとだけ、まばたきの回数を減らして。


さみしい、と思えたことは、自分の大学4年間を示す何よりの価値だと思う。
大学に入学した当初、最初の2年間。あの頃は、自分を保つのに手いっぱいで、大学生活の今を楽しむことなんてちっともできてはいなかった。ただがむしゃらにあがいてた。

だから、寂しさが今あることに、嬉しい驚きを感じずにはいられない。

大学の卒業式は、これまで経験してきたそれとはまったく違う。
高校のころなんかは、「別れ」なんてただの抽象的なものでしかなくて、また会えるだろうとどこかで高をくくっていたし、それは実際そうだったと思う。
でも、こうして社会を目の前にして経験する卒業式は、違う。別れはもっと具体的で、ずっと生々しい。

もう、二度と会えないかもしれない。

人数が少しずつ減っていくのを見送りながら、一人ひとりを目に焼き付ける。
会おうと思えば会える。それは確かに正しいけれど、大人になるほどにその言葉につづく逆接は多くなる。
会おうと思えば会える、けど。

悪いことだとは思わない。
ちゃんと、これまでの自分を噛み砕き、限りある未来をきちんと見据えているからこその感情なのだから。
生き方を掘り下げて見られるようになったからこその、尊い感情だ。

寂しい。切ない。どうしたらいいかよく分からない。
卒業式当日になっても特別な感慨が湧くのかどうか疑っていた自分は、するすると消えていなくなってしまった。
とても大切な友だちもできた。一生付き合っていきたいと思う人たち。
だけど、この寂しさは彼らに対してのものだけじゃない。親友と呼ぶには相手の気持ちを慮って気が引けてしまうけれど、やはり友だちだ、とは言いきれる他のみんな。
いちいち湧いてくる寂しさを無視するには、この学科で過ごした4年間はあまりにも長過ぎた。

4年前、ひょんな偶然が重なって横浜の街に集まった50人とちょっと。
4年を経て、また、それぞれがばらばらの道を行く。

いいこと。とってもいいこと。
いつも会えるならそれはもちろん嬉しいのだけれど、それが叶わないのならば仕方ない。
それぞれが、それぞれの場所で。
遠くのあいつも頑張ってるんだから、自分も頑張ろう。会えなくても力になる繋がりがあることは、高校を卒業して地元を出たときからずっと知っている。
だから、自分は全力で生きる。絶対に人生に妥協したりしない。夢に負けない。
ばらばらに生きるみんなに負けないように。みんなの支えになるように。

今の自分は、4年前に想像していたのとまったく違う場所にいる。
まったく想定外のところを通って、まったく頭になかった職業を選び、そして一度はあきらめかけた最高の充実の上に立っている。

社会人のスタートは、ゼロからのスタートなんかじゃない。
手に余るほどの大きなプラスから、スタートを切れること。

ありがとう。それから、がんばろう。