久しぶりの更新。この間、いろいろ書きたいことだってあったのだけれど、それでも頑なにキーを打たなかったのには訳がある。

 とにかく、8日のゼミ発表で先生から何も指摘されないように卒業研究をまとめる。
 前日に会社の研修がある中でこれを成し遂げるのは、なかなかに至難の技だったと思う(中間発表後、ゼミ発表の2週間前まで手をつけなかったのも問題かもしれないが)。
 しかし、結果は見事に成功。草稿の提出が22日に迫っているけど、取り合えず無視。
 7日の研修のことなどはまたいつか触れるとして、今日はまず、今日のことを書こうと思う。だって、ゼミ発表も何もかも、寝る間を惜しみ片付けてきたのは他ならぬ、今日のためなのだ。


 今、自分は女川に来ている。
 いつか行かなければと思っていた被災地に、ボランティアとして来ることができた。内容は教育支援。被災地の子供たちに無償で勉強を教える補助をするのが、自分の役割。

 ボランティアの醍醐味のひとつは、多くの人との出会いにあると思う。
 同じ想いを持った人。普通は出会うことができないような人。JICAの派遣経験を持つ人や、NPOで活動をする大学生、仕事を休職してボランティアに長期で関わっている方や、女川で今も生活を続ける先生方や子どもたちなど、ご自身や家族が被災された方を含め、下宿のこたつでぬくぬくと暮らしていたら会えなかった人たちと、1日目にして会うことができた。
 同じボランティアの方々と一軒家で鍋を囲みながら、社会に出てからの話を聞かせてもらったり、逆に自分の考えを聞いてもらったり。学生時代にやっておくべきことについて熱く助言をもらったり(笑)
 やっぱり来てよかったな、と率直に思う。
 被災地のために何かしたいという想いはもちろんある。けれど、それ以上に自分はこの行動を通して、色んな価値観や考え方に触れながら学びたいのだ。

 女川の町は、住居倒壊率80%強の数字が示す通り、津波の爪痕がまだくっきりと残っていた。
 それこそ、無傷の家なんてないんじゃないかと、空虚な気持ちに茫然となるほどに。

 被災地は忘れられる。
 震災後数カ月はボランティア熱は急速に高まるけれど、「ブーム」が過ぎればそれはもう冷める一方だ。だからこそ、今行くことに意味があるのだと思う。

 教育。受験。そんなものと向き合う気力なんて湧かないのかもしれない。無責任な言い方をするならば、被災者という立場に甘えて、そうした言葉を怠ける心の中にうずめてしまうのかもしれない。
 自分だって、未曾有の大震災という衝撃の中で就職活動をしながら、似たような妥協心がなかったとは言わない。今はそんな時期じゃない、と、震災を言い訳に逃げようとした自分もいたと思う。
 だけど、この震災は悲劇で片付けてはいけないのだと思う。言い訳にしていい類のものではないのだと思う。震災があったから、受験がうまくいかなかった。震災のせいで、就職活動に集中できなかった。そんな言い訳、しちゃいけない。

 被災地の子供が、震災をただの悲劇や不運ではなく、ちゃんと未来への糧にできるように。そんな理念を持って動くここの方たちの力になれるか、正直自信がない。けれど、このボランティアを通して、まず自分が何より震災を糧にし成長したいと思う。
 通り魔によって殺された。戦争やテロで多くの人がなくなった。凄惨なニュースを見る度、いつも自分はそれをエネルギーにしようと試みる。代わりに自分が頑張らなきゃ、一歩でも努力しなきゃ、と。そうじゃなきゃ亡くなった人が救われないからと、微力ながら。

 震災から何が学べるか。それが震災を悲劇から糧に変える大きなポイントであって、一人ひとりが意識しなきゃいけない部分なのだと思う。
 自分はそのために、学びたい。
 最も近い場所で学べること。それを選び行動ができた自分にまず喜びを感じて、これからのボランティアの時間を有意義に過ごしたい。

 以上、編集なしのまとまりのない文章だけれど、急いで今日のことを一部まとめてみた。


 ついでに。
 石巻に向かうバスの中で、内田裕也さんと前後ろの席になった。あまり好きな人ではないのだけれど、今回に関しては共感を覚えずにはいられなかった。