なにから書いたらいいだろう?
 時間が空いてしまい手のつけどころに悩むので、この際、とありのままのタイトルにしてみた。「なにから」。

 取り合えず、スケジュール帳を片手に復習。

26日 帰省
27日 中学の友だちと会う
28日 年賀状を書く
29日 引き続き年賀状を書く
30日 高校の友だちと会う① 高校の友だちと会う②
31日 中学の友だちと遊ぶ 別の中学の友だちと飲み→カラオケしながら年越し→初詣
    幼なじみと2人で語り合う
 1日 実家でぬくぬく餅を食べる 中学の友だちと飲み
 2日 いとこの家でもくもく食べる
 3日 中学の友だちの家でお喋り 高校の同窓会
 4日 家でゆっくり

 新年になって、学生でいられる時間は3ヶ月を切った。もう会えないだろうと、会っておきたい人たちとたくさん会った。それから、お世話になった人たちに今の時点でちゃんと感謝をしておきたいと、年賀状を書いた。
 たくさんの人と会う。お世話になった人たちに感謝を伝える。年末年始は、学生時代にやっておきたいことの中でも、このふたつに重点を置いて生活したみたい。

 たくさんの人と会う。友だちに限定すると、7日間で30人くらい。1日4人強かぁ……。今回はいつになく自分から積極的に誘ってみたけど、それでもまだこんなもの。確実にみんなと会える最後のチャンスだと考えると、ちょっと物足りなさも感じる。
 会うだけでなく、知りたい。自分の本当の願望に気づいてからみんなと会ってみると、実はこの人のことあんま知らなかったな、と思うことが多くて驚いてしまう。大学に入ってからも腐るほど会っていた人たちですら、心の底まで透けて見えるほどの友だちは思いつかない。そりゃそうだけど。どんな考え方をする人なのか。どう生きていきたい人なのか。そんな価値観が、今はただ知りたい。たぶん親子ですら世の中の多数が知り合わない部分だろうけど、それでも、自分は人より多くみんなとそれらを共有してきただろうと思う。自分に自慢できることはあまりないのだけれど、自分が生きてきた周りの環境、人たちだけは、胸を張って自慢できる。

 だからだと思う。感謝しておきたい、とごく自然に思ったのは。
 最初の20年。はたちまでの20年は、人に幸せにしてもらう人生だった。親、兄弟、先生、友だち。奇跡じゃないかと思えるような人の運に恵まれて、だから今自分とちゃんと向き合える。今は、自分の力で、自分をちゃんと幸せにしてあげる時期なのだと思う。最初の20年で幸せの形をしっかり教えてもらったから、自力で見つけるのもたぶん他の人より楽なのだろう。人生に起承転結があるのだとすれば、今はまだ承に入ったばかり。次の転の時期、自分のために生きる人生から、人のために生きる人生に変わる時期。そこを、どれだけ大事にできるのか。起が良かったからこそ、承を充実させやすい。承が充実すれば、転もきっとうまくやれる。そのまま、結まで。

 人のために生きたいと。それが自分の幸せの形だと。今社会に出る前に確かな手ごたえを伴って実感できている背景には、元をただせばみんなの支えがある。自分のこれからの行動一つひとつは、どこか奥のところでみんなの影響を受けている。周りからもらったプラスを、次の誰かに少しでも渡せるように。次の人が、また次の人に渡せるように。そうやって、たくさんのプラスが巡るようにできたらいいな。
 それが今見えている、自分の幸せの形。だから、人のために生きたいとそう思わせてくれた人たちに、今感謝しておきたいと思った。

 これだけの想いがあるのに、年賀状を出せた枚数はとっても寂しいものだった。だけど、ちゃんと感謝の言葉だけは入れることができた。あとは、出すことのできなかった(間に合わなかっただけだけど……)人たちに、卒業前に何らかの方法で感謝を伝えておきたいな、と思う。親かぁ……。年賀状書こうと思ったけど、年始に同じ家にいてそれは……。と終にペンを取れなかった……。

 いつかブログに書いておきたいと思っていた起承転結の話。何か陶酔してるような訳分からん感じになってしまった気もするけど、でも書き残せて取り合えず良かった! まぁ、この先何度も、なんでこんなこと書いてしまったんだと赤面するのだろうけど(笑)
 さて、残りの3ヶ月弱。優先順位は未だ決まらず。
 なにから。なにからやったらいいだろう?