土曜日でも、ここでの授業は開かれている。
「次来たときにはさ、髪切ってきなよ」
今日(17日)、いつも個別指導を受け持っている子から、さらりとそう言われた。
別に「また来るよ」なんて言葉を、まだ先の見えない状態で軽く口にしたわけではない。ただ当たり前のように、さらりと言われた。
冗談はよく言う子だけれど、冗談めかしく口に出した言葉じゃなかったと思う。少なくとも、前半部は。
火曜日までいることはもう伝えていた。土曜に区切りを迎えて帰って行く人をたくさん見てきたのだろうと思うと少し胸が苦しくなるけれど、自分がまだ帰らないことを知りつつ、今の時点でこの言葉を聞くことができたのは、それはそれは、はしゃぎだしたくなる程うれしいことだ。
そんなこと言われたら来るしかないじゃないか、と思う。
本心としては、このままずっとボランティアとして居座らせて頂きたいくらいだし、できることならば24時間でもつきっきりで見てやりたいくらいなのだ。でも、そうもいかない。つくづく、大学って何なんだろうなぁと思う。自分たちの世代が受けてきたゆとり教育の真髄は、主体性を重んじる教育への転換ではなかったか。
とにかく今できることは、卒業研究を手早く片付けて、残り限られた大学生活での優先順位をつけることかもしれない。その中にこのボランティアが入るかどうかはまだ掴み切れていないのだけれど、大した逆境でもないのだから、時間やら研究やら、環境を言い訳にしないで考えたい。
ここは、規模や質、やっていることの必要性に比べて、すごく寂しい人数で動いている。ボランティアが充実していればまだいいけれど、これからどうなっていくのか考えると不安がある。受験生にとって一番大切な時期は、まさにこれからなのに。
どうにか。
どうにか、長くここと関わりたい。どうにか、この子に前向きな受験生生活を送ってもらいたい。どうにか、この子たちにプラスになる何かを伝えてあげたい。少しでも多くに、少しでも大きく、どうにか。
どうにかは尽きない。
「次来たときにはさ、髪切ってきなよ」
今日(17日)、いつも個別指導を受け持っている子から、さらりとそう言われた。
別に「また来るよ」なんて言葉を、まだ先の見えない状態で軽く口にしたわけではない。ただ当たり前のように、さらりと言われた。
冗談はよく言う子だけれど、冗談めかしく口に出した言葉じゃなかったと思う。少なくとも、前半部は。
火曜日までいることはもう伝えていた。土曜に区切りを迎えて帰って行く人をたくさん見てきたのだろうと思うと少し胸が苦しくなるけれど、自分がまだ帰らないことを知りつつ、今の時点でこの言葉を聞くことができたのは、それはそれは、はしゃぎだしたくなる程うれしいことだ。
そんなこと言われたら来るしかないじゃないか、と思う。
本心としては、このままずっとボランティアとして居座らせて頂きたいくらいだし、できることならば24時間でもつきっきりで見てやりたいくらいなのだ。でも、そうもいかない。つくづく、大学って何なんだろうなぁと思う。自分たちの世代が受けてきたゆとり教育の真髄は、主体性を重んじる教育への転換ではなかったか。
とにかく今できることは、卒業研究を手早く片付けて、残り限られた大学生活での優先順位をつけることかもしれない。その中にこのボランティアが入るかどうかはまだ掴み切れていないのだけれど、大した逆境でもないのだから、時間やら研究やら、環境を言い訳にしないで考えたい。
ここは、規模や質、やっていることの必要性に比べて、すごく寂しい人数で動いている。ボランティアが充実していればまだいいけれど、これからどうなっていくのか考えると不安がある。受験生にとって一番大切な時期は、まさにこれからなのに。
どうにか。
どうにか、長くここと関わりたい。どうにか、この子に前向きな受験生生活を送ってもらいたい。どうにか、この子たちにプラスになる何かを伝えてあげたい。少しでも多くに、少しでも大きく、どうにか。
どうにかは尽きない。