歌手の絢香さんが復帰するというニュースを聞いて、最近数年ぶりに絢香の曲を聴いている。
 1曲でなく、何曲も続けて聴くのは本当に久しぶり。高校生のころから活動を休止するまでは頻繁に聴いていた曲がすごく懐かしくて、真空パックされてた当時の空気感みたいなものが溢れてきて、不思議な気分になる。

 変わったな、と思う。
 あの頃の自分が想像できなかった場所に、今自分は立っているのだな、と。

 活動休止って期間があったおかげで、ちょうど大学に慣れてきた時分から社会を目前にした今の瞬間まで何をしてきたのかが、その成長が、如実に比較できてしまう。それは、すごく面白い驚きだ。

 憧れていたフィールドが、今は自分の足の下にちゃんとある。
 テレビやCD越しの世界でしかなかったもの、伝えられる側だった自分。何をしたらいいのかも分からず不安で足掻き続けたあの頃が、たぶんちゃんと土台になって繋がって、今の場所にたどり着かせてくれたのだな、と思う。振り返ってみれば一本道に見えるのに、実はきっと、たどり着いてしまう可能性がある場所は途方に暮れるほどたくさんあった。
 何を優先すべきなのかも分からなくて間違えたこともあったし、自分らしさを見失って右往左往してみたり、もう二度と幸せなんて言葉を使えないんじゃないかと不安に押しつぶされそうになったりもした。それでも、きちんと幸せを見つけることだけはあきらめずにいられたから、少しずつ自分の方向性を見つけられたのだと思う。ちょうどこのすべての時期が、絢香の曲と出会ってから今までとかぶっている。

 活動休止期間は、むしろ自分にとっては発展期だった。
 少しずつ自分の方向性を見つけていく時期。留学したのも、初めて文学賞に応募したのも、この時期。就職活動も同じ時期だけど、それはひとつの状況みたいなもので、方向性を固めていくことの延長線上だったから困難ではあっても苦しくはなかった。そんな発展期に絢香の活動はぽっかりと空いていたわけだから、今曲を聴くとより明瞭に、自分の変化が見てとれる。

 遠くの存在で、ある意味同じ世界に存在してない人のような気さえしていた人が、今はぐっと身近な存在に思えてきた。自分は今、社会に対して発信していける、伝えていける場所にいる。
 HDDに録画されていた情熱大陸を見返したときに、絢香さんの想いとして「伝えたい」という言葉がテロップとして出てはっとした。
 知らぬ間に影響されていた可能性はあるけれど、自分が強く持っている想いとぴたりとはまったことに驚いた。そう言えば伝えることをすごく大事にしている人だったな、と思い出しながら、すごく嬉しくなった。
 自分はまだまだずっと足りなくて、やっとこフィールドにたどり着いた人間ではあるけれど、それでも同じ想いを持つ仲間なんだと感じた。エルンスト教授と同じで、ただ手段が違うだけ。同じフィールドで、自分はどこまでのことができるのか。20歳の頃の絢香さんの言葉に嬉しい焦りを感じながら、また想いを新たにできた気がする。


「歌いたいあなたのために 歌いたい聴いてる人たちに
 何かを感じたり伝えられたら それだけで私は幸せ」

 あー、やっぱり自分は絢香さんが好きだなぁと思った。