世界一かわいそうな私へ。~生きる方法を考える沙代の人生日記~ -2ページ目

世界一かわいそうな私へ。~生きる方法を考える沙代の人生日記~

私の生き方って何だろう。複雑さんの居場所をつくる。

物事を複雑に考えてしまいがちで、考えることで落ち着くときもある。
だから私は日記を書くことにして、それが”共感”でも、”学び”でもなんでもいいから誰か行き詰っている人の支えになれば私は満足。

 

人に振り回されがち。

私が何より深く落ち込むのは、「人に振り回されてるな、、、」と感じる時。

本当はそうなりたくないのだけど、自然と自分ではなく相手が喜びそうな選択をしてしまう。

そして気づいたときには、これが私の人生なのかなと絶望する。

大げさかもしれないけど、本当に絶望するのだ。

 

 

 

人に振り回されてしまう原因

私の場合、小さなことでも「振り回されてるな」と感じることが多い。

職場や友人間、家族間でも頻繁に起こる。

それは、物理的にこき使われるというものではないのも、複雑さんの特徴かもしれない。

 

何が言いたいのか。

思いつく原因をあげてみる。

 

  • 空気を読もうとしすぎてしまう。
  • 相手のたった一言が自分の行動指針になってしまう。
  • 責任感が強い。
  • 尽くしたい思いが強い。
  • 自分のいたわり方がわからない。

 

そう。大体は自らしてあげたくて利他的になっているのが原因。

 

 

 

振り回される”私”とは

「人に振り回されてるな、、、」と感じる私は、感情に振り回されているようだ。

利他的に動いてたくさん期待をして何かを待っている私と、

自然体で何も飾らない本当の私とで、衝突が起きているのだと思った。

 

私を振り回しているのは、”私”だった。

 

”私”だけで見たら、どちらの自分も本当に必要な存在だった。

前者がいないと私は自己中になっていたし、

後者がいないと私は人すら自分の身を削ることになるから。

 

 

 

本気で絶望するとき

こうして日記に書き起こしてみてわかる。

私はこの時間が必要だったんだなと。

自分をかえりみて、よく知る時間。

 

自分の声が聞こえないとき、友人の愚痴を聞くのが正直楽だと思ってた。

でももう一人の私は、いつも叫ぶんだ。

「そんなことがしたかったんじゃない」

 

この叫びに気がついたときには、心は手遅れで、絶望してしまうのだ。

 

 

 

 

振り回されてると感じたら

思っていることやその出来事を書き留めてみるといい。

”私”を客観視するきっかけをくれるから。

 

 

 

 

 

 

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思ってることが言えない。

 

大体いつも頭の中は大忙し。

特に悩んでいることがなくても、その瞬間の出来事にたいして

自分だったらどうするのか、どうしたいか、いろんな自分と会話しているから。

かといって、それを人に伝えるのはまた別の能力が必要。

これまでの頭の中での会話を、どこからどこまで伝えたら相手がわかってくれるのか。

そのことについて考えている頃には、話すタイミングを失っている。

 

 

 

本当は理解されたいと思っている

周りは私のことを、「あまり干渉されたくないのだろう」と思っている。

「気難しそう」と思っている人もいるかもしれない。

でも、それは当然。

だって私は自分の思ってることを言えず、今日まで心にしまっているのだから。周りは知る由もないのだ。

 

そしてまた考える。

「私はこのまま誰からも理解されず人生を過ごすのか」と。

言葉は本当に難しい。

本当に私が伝えたいことは何だろう。

 

私の頭の中の会話を、実際の対人でやってみたい。

 

 

 

思ってることが言えない原因

また私は考える。
思っていることを言えないとき、自分は何を思っているのだろう。楽しい時もつらい時も、共通して考えることがあった。
 

 

  • 「この人はどれだけ私の思いに寄り添ってくれるだろう」
  • 「自分の思いを話して、気持ちが冷められないだろうか」
  • 「話すことが本当に正しいことなのか」
  • 「これを話すとして、所要時間はこのくらいだろうけど、そんなに私が話してていいのか」

 

明らかに”考えすぎ”ということは自覚済。

 

思っていることが言えない人は、そもそも思ってることを言えた経験が少ない。

基本的に頭の中の会話で、なんとか気持ちを収めてきた。

 

 

 

本当の私はいつだって私

ふざけるの大好き、家族や友達をからかうのも好き。

意外と全く知らない人と話すほうが気を楽にして話せる。

こうして今思っていることを書き留めるのも好き。
願わくば、私の頭の中をみんなに見てほしい。
 
少しは挑戦も大事。
伝えたいと思った時に一旦ことばにしてみるといい。
ダメだったら、自分が逃げる前に勝手に相手から離れてくれる。
それで傷ついても、自分を慰めるのは大得意。
 
大丈夫。
本当の私はいつだって私。
思ってることが言えないのも、本当の私。
 
 

 

”私”について記録をする
 

 

 

 

 



 

 

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趣味がなくて困る。

 

私が聞かれて困ることランキング上位に入るのが、

「どんな趣味がある?」「ハマってることは?」

 

もちろん私だって好きなことくらいある。

ただ、それを極めているわけじゃないし、習慣のようになっているわけでもない。

趣味を聞かれると、なんとなく自分はつまらない人間のように感じることもある。

 

 

 

趣味がないとだめ?

人は何かに没頭してそれを極めることに対して、とてつもない魅力を感じるらしい。

さもなければ、わざわざ言葉の材料に趣味を聞くだろうか。

 

そんなことを考える私でも、

趣味を聞かれたときにパッと思いつかない自分に失望を感じるのは、どんなことでも熱中してる人に憧れを抱いていると認めているようなものだ。

 

 

 

私の趣味

私が趣味を答えられないのはいくつか理由がある。

 

  1. モノ・コトが好きというより、空間や瞬間が好き。
  2. 人に勧められた趣味は、”人付き合い”になってしまう。
  3. 趣味で人柄やを見られたくない。
  4. 好きなことを共有して反応が微妙だったら嫌だ。

 

これ共感してくれる人がいたら結構嬉しい。

こういう理由にならない理由から、私は客観的にみて、

長続きするような没頭できる趣味がない。

客観的にみれば。

 

じゃあ、主観的にみたら、

唯一私が生まれてからずっと欠かさずにしてる好きなことがある。

 

それは、”考えること”。

 

もっと言えば、真理を追い求めること。

複雑さんは、よく自分の人生について考える。

それが楽しいし、時に辛いことがあるけど、そんな自分が好き。

 

 

 

趣味で自分をはからないこと

自分に言い聞かせてること。

 

「趣味で自分の価値が決まるわけじゃない」

 

それでも、私も何かに没頭してその道の人になってみたいことももなくはない。

だから私は日記を書くことにした。

私が大好きな瞬間や、考えていることを書き留めて、私という形に変えるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ネガティブに見られないためには。

私の悩みの1つ。

素直な気持ちが周りの人にはネガティブな印象をあたえることがある。

 

例えば、なにかうまくいかないことがあった時、私はとことんうまくいかないことについて考える。

「はぁ、とりあえず何もかもだめなんだ」

たいてい、理由もなく落ち込んで、落ち込み切ると今度はうまくいかないことが大した問題ではなくなる。

そんな私の姿は、人の目には悲観的に映るときもある。

 

それが私にとって大きな壁であり、大きな挑戦だということをこの日記に記しておきたい。

 

 

 

ネガティブ思考と向き合う

「ネガティブの弱点」

初めに言っておくと、私はネガティブほどポジティブなものはないと思っている。

どうしてそんなことが言えるのか、「ポジティブなものがネガティブの可能性を秘めている」から。

 

とりあえずお得意の「ネガティブの弱点」を挙げてみる。

 

  • 落ち込むことにエネルギーを消費してしまう。
  • 何事もなかなか最初の一歩が踏み出せない。
  • 周りに扱いにくい人だと思われがち。
  • 誰からも理解されないとふさぎ込んでしまう。

 

 

「ネガティブの利点」

次は「ネガティブの良いところ」を挙げてみる。

弱点と対比させて考えたらどうだろう。

 

  • 落ち込むこと自体を恐れないようになる。
  • 「一歩踏み出せるにはどうしたいいか」について意欲的になる。
  • 自分で関わりたい人を取捨選択できる。
  • 自己への理解度は誰にも負けない。

 

ポジティブなものを考えなくても、なんとなく私の強みがわかってくる。

もちろん、利点のなかでもさらに深く考え込んでしまいそうな要素はあるのだけれど。

それでも、ネガティブだけでプラスの視点が加わった。

 

私ってこう考えてたんだ。

 

 

 

私の人生の挑戦

できることなら、傷つくことなく、なんのストレスなく生きていきたいけど、人間そうは造られていない。

苦しいことがあって、初めて感謝や嬉しさを感じるようにできている。

だから私がネガティブなのは認めるし、悲劇のヒロインみたいにとことん落ち込むことも認める。

そして誰でもない”私”が、そうやって生きていきたいと思っていることに誇りを持ちたい。

 

結局こうやって、いろいろ思考して思い悩むのは、

誰よりも日々起こるさまざまな出来事について真剣に立ち向かっている証拠なんだと思う。

 

そんな仲間を私は見つけたいんだなとも思う。

 

 

 

”私”を日記で生かす。

 

 


考えていることは、いつの間にか忘れてしまう。

忘れることが何よりも自分の道をふさぐ原因なのかもと最近思う。

いろんな自分を一緒に探そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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