サヨナラにサヨナラ | あなたの夜を埋める物

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ひきこもごもな毎日とテレビ・音楽・本・食べ物・夜更かしの友をご紹介。独り者推奨。

1999年4月、リリパット・アーミー『破天鬼』大阪公演終了後、観客がダッシュして出口に向かっているので何事か?と出てみると、中島らもと役者数名の即席サイン会が開催されていた。

 並んでいる客のほとんどが『破天鬼』パンフレットの後ろから数えて4ページ目の紹介文付のらもさんの顔写真を開いて待っている中、私は表紙の裏の見開きの“中華料理屋の円卓前での全役者集合写真”を開いてらもさんに差し出した。私からパンフレットを受け取ると一瞬手と目が止まってから、写真の自分の頭をくるんっ、と矢印でさしてその上に“RAMO”の文字と真ん中に「つるさんは、まるまるむし」の一筆書き※みんな知ってる?に似ている自画像を描いてくれた。

050727破天鬼パンフ  ←写真が暗くてわかりにくいが、これが中島らものサインだっ


 
高校生の時からずっと愛読していた作家に間近で会えるトキメキよりも「このおっさん、あれだけ無茶しとるのに、本当にまだ生きとったんや」という失礼極まりない衝撃の方が強く、パンフレットを渡された時も、その後の握手した時もろくに言葉が出なかった。

 握手してもらった時の手のひらの厚さと力強さ、今思えば抗うつ剤かなんかが効いていたのであろう、微動だにしない眼球で真っ直ぐ見つめられた事を、私は今でも思い出せる。

 
酒飲んで、エッセイも同じネタを使い回して、無表情だから本気かギャグかラリっているのかわからなくて、どぎまぎさせるらもさんにもう一度会いたかった。


一年前の朝、新聞を見て直ぐ、そのとき一緒にサインをもらった友人と電話で話した。悲しみより前に「このおっさんまだ飲んどったんか」と苦笑した。さんざん禁酒するって書き散らしていたくせに。だけどこの人の本を読んでいなかったら、とっくの昔に私は潰されていただろう。うつ病が今ほど認知されていなかった頃の話だ。

 
大好きでした。