(277)平成大飢饉(どこか油断してないか)?
11代将軍、徳川家斉(とくがわ・いえなり:1773~1841)は浪費の人だった。正室篤姫(とくひめ)に、名前が判明する側室が16人、生涯の側女は40人を超えたといわれる。判明している子供の数は57人とある。
この人の治世の後半は文化・文政時代(1804~1830)略して「化政時代」ともいうが、庶民も享楽に走り、町人文化が最も栄えた時代である。いい時代だったが、その一方、家斉は、八代将軍吉宗が立て直した財政を破綻させた。
続く天保時代(1830~1844)農村は疲弊し、庶民は困窮する。突然の大飢饉に幕府はなんら手を打てなかった。このあたりから暗い雰囲気が漂い始め、幕府崩壊の序奏が始まったと見ていい。
それはともかく、文化・文政時代に、罰あたりな遊びが流
行った。現代のテレビでも見られる「大食い競争」だ。『江戸風流食話』堀和久著の記録を見ると、文化14年(1817)3月23日に行われた飲食比べは、各地で流
行った集大成といった趣とある。場所は両国柳橋の料理茶屋【万八楼・まんぱちろう】、得意とする食べ物の組に分かれ量を競った。
(めし組)茶漬け椀で味噌と香物つき
一位 68杯 三河島の三右衛門(41歳)
二位 54杯 浅草の和泉屋吉臓(51歳)
とあり、そのほか、ウナギ
組、そば組、菓子組、酒組と続く。また14年後の天保2年にも大規模な大食い大会が催された。参加者は162人。種目も多くなる。このころの江戸、全国的に豊作で食べ物も豊かであった。おそらく江戸では、飢餓など想いもよらなかっただろう。現代だと「日本では」といえば、言わんとすることご理解いただけると思う。最近の日本は安心しすぎていると思う。まさか、と思っていることが現実となる。
災害は非常に速い。スッと来る。天保大飢饉が日本を襲う。だが、公私ともに財政は逼迫し、判断は遅れ、人災・天災による凶作・飢餓がつづく。老中・水野忠邦(みずの・ただくに(1794~1851)による改革も、社会が疲弊しすぎて、効果が上がらない状態だった。
江戸時代の三大飢饉といわれるもの、①享保大飢饉 ②天明大飢饉 ③天保大飢饉だ。天明の大飢饉は、浅間山の噴火、確かアイスランドだったかで、記録的大噴火があり、地球の空気が火山灰でにごった結果、太陽光線が不足、酷い冷害に襲われた。このころロンドン・テムズ川も、パリ・セーヌ川も早くから凍りついたという。世界的な冷害であり、これがフランス革命の一因とする説もあったと記憶する。
日本の飢饉は自然災害に加え、行政・流通の失敗という人為的な要素が強い。どの飢饉の時だったか、津軽藩は米がない飢餓状態のとき、確か京都の商人に米を供出せざるを得なかった。飢えて死にそうな人々の目の前を、大量の米が京坂へと運ばれていった。
酷い話で、金融行政の失敗が無用な死人を出した。この時代、米が不足したからといって、隣の藩からちょっと借りるというわけにはいかない。隣の藩は現在の外国みたいなもので、「留め米」といわれ、勝手に融通させることが出来ない。たぶん一度大阪の堂島に集めないと流通システムが崩壊するのだろう。隣藩に米が余っていても禁止だ。だいたい気候が悪いのだから事情は似たり寄ったりだろう。もし異常気象などで世界規模の飢饉がきたとき、いかなる国も他国へ食料を輸出する余裕はなくなるに違いない。
小麦が世界的に値上がりしているという。代替燃料にするからという理由は、筆者はたぶん嘘だと思う。どっかのマネーファンドが、値上がりのムードを作り出し、価格が高くなったところで売り抜けるのだろう。
そうはいっても、異常気象に加え、中国の資本力増大、インド
、その他の国の経済力が向上すると、まず価格が高騰する。次には市場からふっと消える。トウモロコシ、大豆、小麦は日本国内の生産量を増加させぬと危ない。
実は以前に『日本に飢餓』とのエントリをたてさせて頂いたが、状況は何も変わっていない。加えて、代替エネルギーと価格高騰の話が加わった。原発を止めたから一か月に百億円の天然ガスを輸入して燃やしている。お断りしておくが、平成の天保飢饉が来るといっているのではない。しかし、人間を長くやっているから、カンが鋭く知恵もつく。もっともその分、がんこで物分りが悪くなるのだが。
江戸を書いたものを読むと、現代に酷似することがある。テレビで大食い大会があると慌ててチャンネルを変えるが、文化・文政のころを連想する。どうも雰囲気が妙だ。予感が外れてくれることを祈りつつ、最近、気になって仕方ないことを書かせていただいた。ノーベル賞受賞者が三人も出たり、世界最新鋭の気象衛星が苦も無く打ち上げられた。目出度いことで老人も喜んでいるが、どこか日本社会は安心しすぎている。一部を除き政治画の質が悪すぎる。戦争は口にしなければ来ない、などというのは願望でしかない。
陰惨だから飢餓は、一切書かない。飢餓は戦争よりもっと悲惨で残酷なものと筆者は主張する。多分、もちろん大丈夫とは思うが、老婆心から懸念するだけだ。「どこか変だ」。真意をご理解いただければ幸いである。
以上
