(255)舞鶴引揚記念館・写真
舞鶴海軍鎮守府初代長官は東郷平八郎。五老岳スカイタワーから
上・訪問者の数が多く、驚かされた。
入場料と寄付金で舞鶴市が運営。国は一切関知していない。
これは犯罪であり、戦争・平和とは無関係である。
原爆も焼夷弾も悲惨だが、こっちは忘れ去られたのだろうか?
広大な地域に計画的に追いやられたことがわかる。
展示してあった司馬遼太郎氏の文章。画家・香月泰男、彫刻家・佐藤忠良 、歌手・三波春夫 氏らがいる。
ひどい生活だったという。マイナス30度でも暖房はない。共産主義に洗脳された。信じたように振舞ったが、本当に洗脳された者も多かった。
公式には6万人が死亡とあるが、アメリカの研究者は死者数30万人と推定している。
いかにも日本人らしい器用さ。少々救われる気がした。
広大な地域で、過酷な労働と厳寒のため、多くが犠牲となった。戦争が終結した後に連行された。
660万人が日本に引き揚げた。舞鶴へはシベリア抑留者が多かった。
シベリアは飢餓の地だった。このような食事で重労働を。
ソ連は戦争が終了してから無法に日本人将兵、一般人を連行し強制労働につかせた。絶対に許すことはできない。
オートバイ・ツーリングなど若者の数が多く、心強い気がした。ソ連の蛮行を忘れてはいけない。ロシアもその血を引いている。油断してはいけない。
以上










