(338)漢字の改革と制限と将来
日本では漢字廃止の現実的解決策として、明治以降に漢字使用の縮小政策がとられました。明治三三年八月の小学校令施行規則では、尋常小学校で教えるべき漢字は千二百字以内と制限し、三七年に国定の「小学校国語読本」が発行されると、尋常科用八冊に五百一字、高等科用四冊に三五五字、合計八五六字の漢字を教えることを制定しました。
また、国語調査委員会が廃止されると同時に教育調査会が設けられ、修学年数を短くする
ためには、膨大な量の、複雑不規則な漢字の整理が必要であるとされました。
臨時国語調査会は、漢字の調査に着手し、大正八年十二月に「漢字整理案」を刊行しました。これは当時の尋常小学校で使う教科書類で使っていた二千六百字ほどについて、字画の簡易化、その他を記したものです。臨時国語調査会は漢字の調査に着手し、大正十二年五月に常用漢字の最小限度として一九六二字の標準漢字表、いわゆる常用漢字表を発表し、同時に略字一五四字をあわせて表示しました。
常用漢字表は昭和六年、一部改訂され一八五八字に、昭和五六年には一九四五字になり、平成二二年に新たに一九六字が追加され、五時削除されたため、差し引き二一三六字になる予定です。
ところで明治初期には、盛んに言語改革論議が行われ、そのうちの一つが「音標文字論」です。これは日本、ベトナム、韓国、朝鮮、など中国語を話さない漢字文化圏において漢字を廃止して、音標文字を採用しようという運動のことです。
中華民族に属さない国で漢字をいまだに使用しているのは日本だけで、韓国、北朝鮮、ベトナムでは漢字の使用は事実上消滅しています。
ところが最近になって、韓国などでは漢字を廃止してハングルという補助発音記号に変えたため、非常に困った事態になっています。医学とか物理学とかが理解できなくなってきたのです。「(呉善花著『漢字をなくした韓国で何が起きたか』)」に詳しく書かれています。また『国家の品格』を書かれた藤原正彦氏は数学者ですが、数学には日本語が適していると主張されています。
考えること、つまり思考には大脳で言葉が使われますが、日本語ですと組み合わせた漢字造語、漢字に平仮名とカタカナの組み合わせ、時にはアルファベット、数字も漢数字、アラビア数字などが一度で使える結果、意味伝達能力が高く、熟語の意味などが一見して理解できる。また一般的日本人は医学用語、法律用語、科学用語などの専門用語の概要を、普通に理解しています。
日本でノーベル賞のうち、科学部門は確か19人が受賞しています。数学の著名な賞の受賞も非常に多いとか。その一方で、他の漢字廃止国はいまだゼロとなっています。
日本の科学者や技術者は、日本の大学、高校だけの教育で十分に仕事ができますが、他国ですと英語圏の国へ留学しないと現実には仕事ができません。日本では「英語が嫌い」な方も優れた業績を上げておられます。(ノーベル賞など)
実はコンピュータ関係など、自然科学分野で、日本は実に多くの国際的な賞をうけています。自然科学では欧米より進んだ分野が出現しています。年間の特許料収入も莫大で日本は豊かになってきました。
敗戦の翌年、1946年4月、志賀直哉は雑誌『改造』に「国語問題」を発表し、その中で「日本語を廃止して、世界中で一番美しい言語であるフランス語を採用せよ」と提案しました。11月には讀賣報知(現・読売新聞)が「漢字を廃止せよ」との社説を出しました。
同じ年、連合国軍総司令部(GHQ)によって招かれたアメリカ教育施設団の報告書によって、漢字全廃が決定され、それまで[当面のあいだ]使用する簡略された文字(当用漢字と現代仮名づかい、教育漢字)が制定されました。日本人は知らないふりをしたようです。その後、この当用漢字は常用漢字となり、現在に至っているのです。
最後に蛇足になりますが、現代の中国の漢字は、ほとんど日本人が苦労して西洋の概念を漢字に変換したものです。日清戦争の後、多くの中国人が日本に留学しました。そして、喜んでこれらの言葉を持ち帰りました。中華人民共和国など、人民も、共和国も民主主義も、実は日本製の漢字です。そんなことを広く深く考えて頂き、将来の日本語の姿を描いていただきたいと老人は思うのです。
参考本:『面白いほどよくわかる漢字』 山口謡司著 日本文芸社
