(296)世界の食の未来 | 江戸老人のブログ

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(296)世界の食の未来



by ジョナサン・フォーリー


 

 環境破壊の元凶はなにかといわれて、食べ物を思い浮かべることは少ない。だが実際には、増大する食料需要も地球環境に大きな脅威となっている。


 農業は地球温暖化を促す最大の要因の一つで、その温室効果ガス排出量は、自動車とトラック、鉄道、航空機から排出される総量を上回る。主に家畜と水田から排出されるメタン、耕作地に施した肥料から出る一酸化二窒素、農地開発のために森林を伐採したことで増える二酸化炭素が、その内訳だ。


 農業は貴重な水を大量に使うばかりか、肥料や家畜の排せつ物の流出により,湖沼や河川、沿岸部の生態系を破壊する。農地が拡大すれば、動植物の生息地が失われる。農業は野生生物を絶滅に追い込む一大要因となっている。


 

 このように農業が環境に及ぼしている影響は極めて大きい。今後、世界的な需要によって食料の増産が求められれば、その影響はさらに大きくなるだろう。今世紀半ばに世界の人口は今より20億人増え、90億人余りを支える食料が必要になると予測される。

 また、中国やインドをはじめ新興国の人々の生活が豊かになり、肉、卵、乳製品の需要が伸びれば、家畜の飼料となるトウモロコシと大豆の増産も必要だ。この傾向が続くと、人口増加と食生活の変化という二つの要因が重なり、2050年までに世界の作物を現在のおよそ2倍に増やす必要があると推定されている。


 世界の食糧問題への対処は、議論が分かれている。一方は、化学肥料や農薬を使って大量生産した作物を世界規模で流通させる、大規模農業を主張する陣営。もう一方は、地産地消と有機農業に未来があるとする陣営だ。


 

 大規模農業の支持者は、機械化や灌漑施設の整備、化学肥料の使用や遺伝子組み換え技術の導入で増産を達成できると主張する。この考えは正しい。一方、地産地消と有機農業の支持者は、化学肥料や農薬に頼らずに土壌を改良する技術を使えば、貧しい国々の小さな農家は収穫量を大幅に増やし、貧困から抜け出せると主張する。この意見も正しい。


 どちらか一方をえらぶ必要はない。地域に根差した有機農業とハイテクを駆使する大規模農業の両方の利点を生かした解決策を採るべきだろう。私の研究チームは、環境への負荷を減らして、食料供給を倍増したいと考え、農業と環境に関する膨大なデータを解析した。ここで、世界の食糧問題を解決するために、5つの提言を示したい。




提言 1、 農地を拡大しない

 農耕が始まって以来、人類は食糧を増産する必要があると、森林を切り開き、原野を耕して農地を拡大してきた。すでに世界の陸地のうち、南米大陸とほぼ同じ面積が耕作地になっている。牧草地はさらに広大で、その総面積はアフリカ大陸にほぼ匹敵する。こうした開発により、北米の大草原地帯やブラジル大西洋岸の森林など、世界各地の豊かな生態系が失われてきた。熱帯雨林は急速に伐採され続け、森林の消失が深刻な問題になっている。


 たとえ食糧増産のためでも、これ以上農地を拡大するわけにはいかない。熱帯雨林の開発は環境破壊の最たるものだ。しかも大半は、牧畜、飼料用大豆の栽培、木材やパーム油の生産が目的で、世界で飢餓に苦しむ8億5000万人に食料を届けられるわけではない。





提言 2、今ある農地の生産性を高める

  1960年代に始まった「緑の革命」は、品種改良、化学肥料の使用、灌漑施設の誠備、機械化によりアジアと中南米諸國で作物の増産を成し遂げたが、環境に大きな負担をかけている。今後は、アフリカ、中南米、東欧など、農業生産性の低い地域の収穫量を増やすことに注力すべきだろう。これらの地域には、最新技術を使って肥料や水やりの量をきめ細かく管理する「精密農法」や有機農業を実践することで、今の何倍もの増産を達成できる余力がある。




提言 3、資源をより有効に使う。今、大規模農場で資源の浪費をなくす取り組みが進んでいる。トラクターにGPSやセンサーを搭載し、コンピューターで管理することで、施肥や農薬散布をより効率的にできるようになった。多くの農場で土壌の条件に合った肥料が使われ、化学物質の流失も減っている。




 有機農業を実践することでも、水と化学物質の使用量を大幅に減らせる。収穫後の畑にマメ科の植物などを植える、畑の表面を覆う資材「マルチ」をつかう、堆肥を施すといった方法は、土壌の改良や節水に役立つ。また、地中に埋めた管から少しずつ水を与えるなど、より効率的な灌漑方式の導入も進んだ。大規模農業と有機農業のいずれでも、新たな技術を採用することで、資源の無駄遣いを減らしながら、作物をより多く収穫できるようになる。


提言 4、食生活を見直す

 現在、世界で生産される作物のうち、食用作物の割合は、カロリー換算で55%に過ぎない。残りは家畜の飼料(約36%)か、バイオ燃料や工業製品の原料(約9%)となる。

 穀物飼料で育った家畜の肉や卵、乳製品のカロリーは、飼料として与えられた穀物そのもののカロリーに比べれば、ごくわずかだ。家畜に与える穀物のカロリーを100とすると、人間が牛乳から得られるカロリーは40、卵なら22、鶏肉なら12、豚肉なら10、牛肉では3しかない。

 畜産の効率化を図りつつ、肉の消費を抑えることで、世界の人々に行き渡る食料が大幅に増える。穀物飼料で育った牛の肉ではなく、鶏肉や豚肉、あるいは牧草で育った牛の肉を食べるようにするだけでも効果がある。開発途上国の肉の消費量は今後増えて行くだろうから、すでに肉を大量に消費している国々がまず食生活を変えるべきだろう。バイオ燃料の生産に使う作物の量を減らすことも、食料供給の改善に大いに役立つ。




提言5、 食品廃棄物を減らす

 世界では、カロリー換算で食料の推定25%、重量では最大50%が食べられずに廃棄されている。豊かな国々では、食料廃棄物の大半は家庭やレストランでの食べ残しと、スーパーマーケットの売れ残りだ。貧しい国々では、農家からの流通ルートで貯蔵施設や輸送の不備のために市場まで届かない食料が多い。先進国の消費者は、食べ残しが出ないようにする、飲食店や食料品店に無駄をなくすよう働きかけるなど、簡単な改善策で廃棄物を減らせる。

食料供給を増やすさまざまな方法の中でも、食料廃棄物の削減は最も効果の大きい選択肢の一つとなるに違いない。


 以上5つの提言の実行に移すことで、世界の食糧供給を2倍に以上に増やせるばかりか、農業が地球環境に及ぼす影響を大幅に抑えられる。ただし、そのためには発想の転換が必要だ。有史以来、人類は農地を拡大し、作付けを増やし、資源を多く投入すること以外に、食料増産の道はないと思い込んできた。だが、これからは未来の世代のために、食料の増産と環境保全を両立させる道を探らないとならない。


 人類は今、大きな岐路に立っている。食料の安定供給を確保しつつ環境を守るという、未曽有の難題を解決しなければならない。幸いやるべきことはわかっている。後は同実行するかを考えればいいだけだ。

 

 世界の食糧問題を解決するには、私たちそれぞれが食べ物についてよく考える必要がある。食卓にのぼる農産物は、その栽培に適した気候のもとで、土屋水の恵みを受け、農家に育てられていること。そして、食べ物は私たちの命を支えてくれていること。スーパーマーケットで買い物をするときに、そうしたつながりを考えてみて欲しい。一人ひとりが賢い選択をすれば、食の未来を良い方へと変えられるのだから。



引用先

NATIONAL GEOGRAPHIC 2014年5月号 日本語版P37~P48

環境科学者 ジョナサン・フォーリー 記事