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「自然農という不自然」

このタイトルを見て、岡本は何をトチ狂ったかと思えれば、貴方は極めて自然であると僕は思う。しかし、残念ながら、一般的には自然農は不自然なのである。

今日、僕が「この人は凄い」と思える自然農法の達人二人のうちのお一人のセミナーを無事終えた。その人は三浦伸章さんと言う。もう一人は申し訳ないがまだ明かさない(笑)。

この人が畑に施している土作りは極めて不自然である。例えばこの写真のように、何故か土の中にススキを放り込んでいる。この姿を見て、一般的な常識だけで農業を営んで来た農家が見れば不自然であり、異常と思う。

僕らは、この姿に注がれる好奇の目や嘲笑の目を散々見て来た。彼らが僕らを異常であると思うのは勝手であるが、挙げ句の果ては土地を返せと言われ、助成金すら断られて来た。

だが、冷静に考えて欲しい。この三浦氏が使用している物は何ひとつ不自然な物などない。自然界に存在する物だけだ。人の手を介する物はあるが、科学や化学で作り出した物など一つもない。彼がやっていることは、全てが自然という視点、植物という視点、土という視点、微生物という視点から見た物だけである。

枯れ草はいつか土に帰る。植物に付着するミネラルやビタミンはいつか土に帰る。時に発火し、炭化してから土に帰ることもある。その繰り返しにより土ができ、植物が育ってきた。三浦氏は、それを幾分早めてあげているに過ぎない。それのどこが不自然なのだろうか。

途上国の山を切り崩し、リンとカリを科学的に取り出し、化石エネルギーと化学物質を使用して無理矢理化学的に作り出した肥料を土に撒く方が、よほど不自然ではないだろうか。

人がある行動を当たり前と思うまでの期間というのは実はとても短い。おそらく10年もすると、不自然な行為でも自然な行為と勘違いしてしまう。つまり、今の化学農業がいつの間にか自然な行為と勘違いしてしまったに過ぎず、タネを明かせば、実はとても不自然な行為なのである。

自然農法は不自然な行為に見えるが、この姿を見ることが多くなれば、もしかすると、自然農法は極めて自然な行為になる可能性は高い。何せ、不自然な化学物質は一切使用していないのだから。

そうなった時、自然農法も市民権を得ることになるだろう。間違いなく、そういう時代は来る。それはもしかすると、来年かもしれない。

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微生物共生型自然栽培農家・環境活動家
岡本よりたか(2015/2/8)