<昨日より続く>
赵云庙を出た後は、四つの寺の四つの塔をまわる。最高気温35度。蒸すし、とにかく人がいない。観光客はゼロに等しかった。河北省も夏休みだよね?こんな暑い日は外に出ないのか。
ガイドが「塔はお寺の中にある。入場料を払えば近くで見られて、払わなければ遠くから見る。車から降りなくてもいい」とまで言った。お寺には一つも入らず、でも車からは降りて撮影タイム。
一つ目:天宁寺。
北宋大中祥符年间(1008-1016)建。宋高宗绍兴八年(1138)为祀奉父王徽宗。现仅存天宁寺大殿。
凌霄塔共九层,为典型的密檐楼阁式,其平面呈八角形,高40.98米,矗立于八角形台基之上。凌霄塔自清早期重修后近三百年间一直未进行过维修。1966年邢台地震时将铁质空心枣状塔刹震毁,此后,又因风吹雨打,塔身的八、九层也相继坍塌,在力求保持原貌的前提下,于1981年落架重修。
凌霄塔の高さは約41m。八角形。1966年の地震とその後の強風、暴雨で8、9階が崩れ、1981年に修復。
二つ目:开元寺。
开元寺始建于东魏兴和二年(540),隋开皇十年(591)改名解慧寺。唐开元二十六年(738)奉诏改今名。至清后期,因年久失修,寺院废毁,殿堂塌落,仅存钟楼和须弥塔。
须弥塔,塔身建在高约1.5米的正方形砖砌台基上,塔平面为正方形,密檐九级,举高39.5米,塔身第一层较高,下部砌石陡板一周,各面两端均浮雕一尊雄劲有力的力士像。石腰线以上全部由青砖砌筑。颇似西安唐代小雁塔。今塔内呈空筒式,内壁垂直,上下贯通。第二层以上的八层,虽然各设一方形小窗,但无台阶攀登。
須弥塔は高さ39m。西安の小雁塔に似ていて「雁塔」とも言う。塔内は空洞。内壁は垂直。
三つ目:临济寺。
临济寺,又名临济塔院,始建于东魏孝静帝兴和二年。唐宣宗大中八年(854)临济宗创始人义玄禅师驻锡此寺。临济寺是中国佛教禅宗临济一派的发祥地,也是日本佛教临济宗的祖庭。
澄灵塔义玄禅师的舍利塔。举高30.47米,为砖仿木结构密檐塔。
南北朝の東魏の孝静帝の興和2年(540)に建立。唐代(854)、臨済義玄が鎮州(石家荘市正定県)の臨済院で開いた。つまり臨済宗はここから始まった。高さ30.47mの瑠璃瓦の端麗な青い九重の塔「澄霊塔」が建てられた。寺は修復を繰り返したが、1947年に両殿が破壊され、僅かに澄霊塔を残すのみになった。
ほかの3箇所の寺は公開しているのだが、ここだけ閉鎖している。臨済宗の本家なので、日本からたくさん来ているだろうと、ネットで探すと2016年に行った僧侶の記録があった。
中国に行ってきました
「40年前に訪れた時は、臨済禅師澄霊塔とみすぼらしい小屋が一つだけ。塀に囲まれた境内は畑、大地がむき出し。和尚さんも一人しかおられませんでした。正定の町も単なる農村そのものでした。今回は正定の町は城壁が造られ、その門から中へ入り、街並みも出来つつあり、臨済寺を柱にして町づくりが進行中でした」
途中通った「爱情树」。木がハートに見えるので撮影スポットらしい。
四つ目:广惠寺。
广惠寺因固有华塔又称华塔寺。该寺建于康德宗贞元年间(785—805),明代中期曾予以修葺。清代后期,寺院废毁,唯塔尚存。根据塔的结构形式和第一层内壁上正隆六年(l161)墨迹推断,该塔应为辽金时代遗物。
华塔是北宋出现的新塔型,其比例巨大且丰满的塔顶就像一层层的荷花花瓣。中国现存最早的华塔是敦煌城子湾华塔,同时正定广惠寺华塔、西安宝庆寺华塔也较为出名。
これだけ異質だった。東南アジアのような?
以上四つの塔は遠くないし、お寺に入らなかったので、すぐに見終わり、最後の目的地、南城门へ。正定には城壁があって、西安のように上に上がれる。
城壁は手前をちょっとだけ歩いて、下りた。のどがカラカラ。ガイドか待つ「高级卫生间」へ。自動販売機があって座って飲むことができて、クーラーもあって、トイレもある。そこで梨ジュースを一気飲み。
<続く>









