だうも、おちゅかれマンモス!!
山田昌弘著の『パラサイト難婚社会』を読んでいます。ご存じの様に、山田昌弘さんって、『婚活』とか『パラサイトシングル』とかを言い出した社会学者で、と言っても著書は面白く読みやすいので、読まれた方も多いと思います。
えっ?まだ結婚に未練があるのかって?だからー、未練どころか、今世紀中には結婚しようと思っているんだってば。はいはい、来世紀には生きてないですからね。
で、その本の中で、アッシー君、メッシー君、みつぐ君の話が出てくるんです。今の若い人というか20歳前後の人に、アッシー君、メッシー君、みつぐ君の話をすると、そんな時代があったのかって?我々が江戸時代の事を聞かされているような顔をするとか。
確かに今は、デートでも割り勘が当たり前らしいですね。友人(バブル世代)が、若いと言っても20代後半から30代の女性とデートをして、食事の代金を払おうとすると、『私も稼いでいるので、割り勘で』って言われたと話していました。
それでも払おうとすると、『バカにしないで!』って怒りだして、1週間ぐらい口をきいてくれなくなったとか。修復するのが大変だったって言ってました。
逆に、バブル世代の女性とデートするときは、必ず男性が支払わないと、『私って、食事をおごるほどの価値がない女なの!』って言われるとか、私の周りでもそんな話を聞きますけど。
ほんの20~30年の差なのに、随分その辺の意識も変わっているんですね。でも、私はザ・バブル世代だったんですけど、地域的なものなのか、職場的なものなのか、周りにアッシー君やメッシー君を観たことがないんですよね。
バブルの始まりのときは、まだ学生。って言っても当時は学生でもバイトで月に20万円とか稼いでいて、就職したら逆に手取りが少なくなったって言う話も聞きました。
ですから、学生でも車を持っている人は多かったし、ソアラが大人気、スープラとかもですが、それで女の子(当時の名称)を乗せるのがステータスでした。
ちなみに、私が30歳ぐらいになって、新入社員の女子社員と車の話になった時に、『ソアラってカッコいいよよね』って言ったら、『えっ?オッサン車ですよね』って言われてしまいました。
その頃はもうソアラって、オジサンが乗る車になっていたみたい。今の若者だと、もちろんソアラ自体が分からないと思いますが。
そんな私は東京でも多摩地区に住んでいたし、理系の単科大学だったからか、周りにアッシー君とかメッシー君とか言うは人はいませんでした。確かに六本木に繰り出すような23区の私立文系学生は、そういう人も居たみたいですが。
就職しても数年はバブルでしたが、当時はまだ真面目に働いていましたからね。職場から六本木は歩いて行ける距離でしたが、結構毎日遅くまで働いていたから、遊びに行く時間はなかったし、まだ給料も安かったですからね。
ってことで、本当にアッシー君やメッシー君がいたのかどうか、私にも都市伝説って言うカンジです。
あっ、でも高校時代の同級生で、みつぐ君はいました。大学はどこに行ったのか知りませんが、夏休みに帰省してみんなで集合したときに、入れ込んだ女性に数十万円のブランド品をプレゼントしまくり千代子だったとか。
といっても、今はいいお父さんになっていると風の噂できいたけど、今度会う機会があったら、その辺のことを聞いてみたいと思います。
ちなみに、実は私にも学生時代はアッシー君がいまして、って言うと失礼ですが、面倒を見てくれる先輩がいて、当時住んでいたのが調布。そこから吉祥寺って、バスになるから意外と終バスが早く終わってたんですよね。
で、友人たちと吉祥寺で飲んでいたときに、何度か『終バスがなくなったー』って言って、迎えに来てもらったことがありました。
ちなみに、その先輩の車はレックスコンビ。オレンジ色の憎い奴っていうCMで一世を風靡した軽自動車です。
その後、せっかくだからってことで、吉祥寺の井之頭公園を散策したりしたけど、男二人で歩いていたから、周りはカップルばかり。『俺たちって変態じゃないよ』とか話していました。
あの先輩ももう還暦過ぎているハズだけど、どうしているかなあ。幸せな老後を過ごしているといいんだけど。
ということで、健康のため、若い人にバブル時代の昔話をするのは気を付けましょう。お大事に。