Ⅰ.はじめに
日銀の金融緩和で円安になったせいで、輸入価格が上昇し、企業の経営や個人の生活が苦しくなっていると、よく批判される。
しかし、その批判は、本当に的を得ているのだろうか。
データを分析しながら、その点を探っていく。
使用するデータは以下の通りである。
・交易条件(=輸出価格指数/輸入価格指数):各指数について、日銀のデータを採用
・原油価格(WTI):IMF
・為替レート(円/ドル):ヤフーファイナンス
・日本・景気動向指数:内閣府
・米・ISM製造業景況感指数:ISM
Ⅱ.分析
1.短期的な視点
以下のグラフは、12年1月から14年11月の約3年間に限って、各データを掲載したものである。
まず、13年4月以降、日銀が大胆な金融緩和を開始して以降の動きを確認する。
(1)円安の影響
日銀が金融緩和をすると、当然円というお金が増え、円というお金の価値が下がり、円安になる。
円安になると、輸出価格も上昇するが、それ以上に輸入価格も上昇する。
(2)国内景気回復の影響
また、価値の下がったお金を手放し、モノを買う動きが出てきて、国内の景気は回復傾向になる。
景気が回復して来ると、国内の需要が増えて、それに対応するために輸入を増やす。
そうなると、需給関係から輸入価格は上昇する。
(3)その他
原発稼働停止の影響で、火力発電への依存が高まり、原油等の輸入が増えたことも、輸入価格の上昇に影響を与えている(ただし主因は上記の2つと考えられる)。
ちなみに、約3年間を通してみると、相関係数は、為替レートと交易条件は-0.855、国内景気動向と交易条件は-0.840となり、負の相関関係が極めて強い。
なお、主な輸出先の1つアメリカの景気動向とも一定の相関関係にあり、アメリカの景気回復につれて、需要が伸びて輸出が増える。
いずれにせよ、短期的には、為替レートと内外景気回復によって交易条件が影響を受ける。
平たく言うと、日銀がお金を増やしたことで、円安になり景気回復傾向になったことで、主に輸入価格の上昇の方に強く効いてきて、貿易が不利になったと言える。
その点では、「短期的には」円安のせいで企業の経営や個人の生活が苦しくなった、というのは当たっているともいえる。
(1)この批判について
では、もっと長期的な視点で見ても、その批判は当たっているのだろうか。
以下のグラフは、上記のデータについて、1980年から2013年の34年間の動きを掲載したものである。
この長期間になると、為替レートや景気動向よりも、むしろ原油価格の方が、交易条件に影響していることがわかる。
ちなみに、両者の相関係数は-0.870であり、やはり極めて高い。
つまり、円安や景気動向にはあまり関係なく、原油価格の上昇による輸入価格の上昇で、貿易が不利になる、ということである。
「長期的」には、円安で企業の経営や個人の生活が苦しくなったという批判はあたらない、ということである。
ちなみにではあるが、7月以降その原油価格も下落傾向にあるため、この傾向が続けば、長期的に見ても輸入価格が下落していき、貿易に有利になるだろう。
さらに、より根本的な視点から考えてみる。
そもそも金融緩和の目的は、「お金を増やしてモノを買う動きを促し、デフレから脱却する」ことである。
たしかに、円というお金を増やすことで、円の価値が下がり、円安にはなる。
政府もそれを「利用し」、輸出企業の業績向上→雇用・賃金増加を企図している部分もないとは言えない。
しかしそれはあくまで、金融緩和→デフレ脱却の過程での出来事であり、目的ではない。
デフレから脱却できれば、企業の売上は増加し、雇用や賃金も増加するため、企業の経営や個人の生活は楽になっていく。
特に日本の場合は、それにより(GDPの98%程度を占める)内需が拡大していく方が、貿易による外需の拡大よりも、はるかに重要である。
つまり、短期的な為替レートに一喜一憂するのではなく、長期的なデフレ脱却の方を重視すべきだ、ということである。
Ⅲ.まとめ
短期的には円安で貿易が不利になったとは言えるが、長期的には原油価格の方に貿易は影響を受ける。
そして、金融緩和の目的は円安ではなくデフレ脱却にあり、それにより外需よりも内需を拡大していく方が、日本経済全体にとっては重要である(重商主義に基づく貿易黒字にこだわる必要もなく、国家全体の経済成長ができればそれでよい)。