先日、起きたら、首を寝違えてて
どうにかなおらないかと、ストレッチなどをしてみたりしていた時のことです。
「からだの調整をしている」
んん?
「必要な反応。からだにまかせておけばいい」
ええ?なになに?
じんわりと感じた、その、からだ?の声。
そうかー。
今すぐラクになりたいから、と、わたし、どうにかしようとしてた。
けど、ラクになることはないよね
からだに、おまかせしておけばいいんやー。調整してくれてるんやー。と感じました
それで、思い出したことが、
いまのめがねを作ってもらった時に、
じっくり、目の使い方とか、みてくれるんやけど、
昔から、相当悪い視力なのだけど、
「みたくないものがあったんやねー」って言われて、その時は、あまり、何も思わなかったんやけど。
ずっとずっと、強い矯正してたよね。
そして、いまのめがねは、片目だいたい0.1ずつぐらいの矯正視力らしいのだけど、
車を運転しないから、十分なのよね。
で、昔、みたくないものがあったかもなのに、強い度数のめがねやコンタクトレンズって、
すごーく、無理してた、負担かけてたのだなー、と。
ま、これは、わたしが感じることだけど。
昔は、みたくないものがあったかもだから、こーんな視力だったけど、
いまは、みたいものがたくさんだから、
もしかしたら、視力もかわるかも!?と。
でねでね!
視力だけではなく、いろんなからだの反応や、からだだけでなく、クセとかいろいろ。
その時に必要だったからで。
もう必要ないものは、たくさんあるのかもね
からだの声に、敏感でいたいものです


動くわたし、みてねー

