続きです
例えば、一つ前に書いた体力を浪費する、というのも、
しんどくなるのも、あと、冷えるのも、
意識、視点の場所が、しんどさを感じている「わたし」ではなく、
しんどい自分そのものに引きずり込まれてる時なのかな?と。
だから、例えばわたしは、ノートに書き出したりします、
わたしは、いま、〇〇がしんどいって感じてる、とか。
わたしは、おなかの底あたりな感じがするけど、自分を俯瞰してみる、と感じる人もいるかな?
意識、視点の場所が「わたし」に戻ると、
ただ、やみくもにしんどい、ってのがなくなります
あぁ、わたしは、いましんどいんやぁ。って。
するとね、いつの間にか、それ、消えてる
しんどい自分を責めないの。よけいに体力つかうし、しんどくなるし、冷える
〇〇な自分、〇〇な体調だめだ!って責めたりせず、
「わたし」に意識を戻し、
わたしは、いま、〇〇なんだー、って、知っておく。
すると、自然治癒力、というか、なんか、パワーが溢れてくる感じが、わたしはするよ
責める、どうにかしようと努力する、より、
知っておくだけで、あとは、ここちよく過ごす。
なんか、責めちゃってた、無意識に。ずっと。そんな必要ないのにね

「生きるのに罪悪感はいらない、よろこびで生きる」って浮かんだ時に書いてた記事2つ

みてみてねー。
