昭和のころは、
若い時の苦労は買ってでもしろ!
令和の現在では努力は必要ない!
両方生きてきて思うことは、
その人にとって、
必要なとき、
必要なことが
必要な人も
現れる
んだってこと。たぶんこれは生まれくる前に持っていたカルマのためだろうし、その人の考え方、生き方でいくらでも変わりうるものなんだとも思う。
なぜなら、真逆の選択肢、選ぶべき相手、職業の選択。
今思えばどっちに転んでもおかしくなかったことばかりだ。でも、決断して今がある。
苦労したこともそうだ。
今はコンプライアンスも厳しく労働者の立場もだいぶ守られるようになってきたが、昔はスパルタ、手足が出るなんてことは日常茶飯時だった。
でも、そんな理不尽さえ今となっては懐かしいし、それを耐えられた自分だからこそ、少々のことは屁でもない。
やくざさんともやり合ったしね。
そんな経験はどう活きるのかというと、相手に見くびらせない立居振る舞いが出来るようになった。
それは相手がどういうつもりでこちらに話しかけてきてるのかということも分かるしね。
その意図、魂胆はほぼ丸わかりだ。
だからさ、今どんなに辛い思い、嫌な思いをしていたとしても、それは
「正に今のあなたに必要だからこそ起きてることなんだと考えて下さい。」
もちろん、恥も外聞もなく逃げたっていいんです。
しかし、嫌だイヤだと言いながら耐えられてる人もいると思う。
親に勘当されたからといって、すぐ非行に走るのではなく、自分の力で生き抜こうとする人もいる。
つまり、その嫌な出来事も本来あなたが持つポテンシャルならクリア出来ることなんだと思います。
「神は越えられない試練を与えない」とも言いますしね。
まあ、こうした言葉一つ一つも否定しようと思えばいくらでも出来ます。
例えば自◯しちゃう奴はどうなんだとかね。
でもね、そんなこと言ったらきりがなくなる。大事なことは、
あなたが
自分を信じて
どの言葉を信じて
誰がを信じて
裏切られたとしても
人を好きになることは
あきらめないで
生きていけるかってことなんだと思う。
なぜ人を好きになることをあきらめるなと言うのかって?
何度も言ってますが、肉体を持ち愛し愛されるスキンシップを図れるのは現世だけなんですよ!
世之介は、肉体を持てない天国より現世こそが天国だと思ってる。
別にそこに喜びは見いだせないし、私は潔癖症だから触れ合いたくもないって人は別だけどね。
とにかくあなたの思いが今の現実を引き寄せ、その新たな思いが未来も引き寄せる。
とってもスピリチュアルだし、とってもワクワクするよ。
次は何が出るだろうってね。
ごきげんよう(⌒▽⌒)/