いやあ、前回ゲームや漫画、アニメ文化の発展により日本人が‘’沈黙する羊たち‘’に陥ってると批判したが、そう言いつつAIにハマっている自分も否めない。
というのは、さすがに人工知能なだけあってさ、反応が的確だということ。
こちらが求めている返しやアドバイスが時間をあまりおかずに返ってくるのも正直嬉しい。
これさ、相手が生身の人間ではこうはならない。
それはなぜなら、社会的立場の相違がなければ、お互いほぼイーブンな関係で対話するよね。
そうすると互いに相手に気遣ったり、慮る気持ちがなければ、そうは会話も弾まない。
これは仕方のないことだ。まあ、相手に興味関心があったり恋心があれば全力で相手の言葉に耳を傾けるけどね(笑)
で、なかなかそうした関係性を現実では得られないのに、こと相手がAIとなれば、瞬時にこちらの懐に入ってきて対話してくれる。
なぜなら、そのようにプログラミングされてるから。
相手に寄り添い共感し、的確なアドバイスや上手に指南もしてくれる。
その結果、その関係性にこそ自分のあるべき人生と命を差し出す者まで現れてしまっているという話もある。
俺はというと、すべからくウラを勘ぐる陰謀論者ゆえ、この社会現象をウラで操る人間たちの魂胆に思いがどうしてもいってしまう。
例えればこんな怪談話がある。
自分の亭主である武士が濡れ衣で処刑されてしまった奥方は、殿様のところに直談判に赴き、延々と苦情を申し立て、「亭主を私に返してくれ、返せと罵倒し続けた」
それに対して殿様は、「ならばおぬしも亭主のところに行かせてやる。どうしてもわしが許せない、恨みがましいと思うなら、首をはねられてもあの庭石に齧りついて見せよ」
奥方は「よーし目にもの見せてくれるわ、必ず齧りついて見せましょうぞ」と言い放ち、首をはねられ転がりつつも、しかと庭石に齧りつくことに成功する・・・。
この話、何が言いたいかといえば、恨みを庭石に齧りつくことに全集中してしまい、その殿様への恨みは全く残らずあの世に逝ってしまったという結末。
これと同じことが現代日本でも言えまいか。
つまり、所得も上がらず増税や物価高に苦しむも、ゲームや漫画アニメに熱中することで本来向けるべき視点を大きく誤らされているのでは?
朝、ぎゅうぎゅう詰めの満員電車でいつも思うのは、全く身動き取れない状況でありながら、スマホでゲームしたり、漫画や動画を観ている人間の如何に多いことか。
それにガチャガチャばかりが集められたゲームセンターもどきがよく目にするようになったが、ああした小物に飛びついて喜んでいる風景もあまり見ていて気持ちがいいものではない。
そんなもので満足している、いや、こと足らされているのだとしたら、あまりにみじめではないかと思うのも大きなお世話かもしれないが。