「裁判は徐々に世間の関心を集めてきています。彼女だけが矢面に立てばどうなってしまうのか、損害賠償で得られる金は彼女が一生苦労しないですむものですか?
この先彼女が味わうことを思うと・・・。」
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「それを決めるのはお前じゃない。
どの地獄で何と戦いたいのか決めるのは彼女だ。」
上のやり取りは、本日、NHKの朝ドラ「虎に翼」で、原爆被災者の内の女性唯一人だけが、原爆被害訴訟請求裁判の証言台に立つと決まった際の弁護士たちのやりとり。
第三者は当事者をおもんばかって気遣いし心配もするが、
それを選んだ当事者は、その地獄と分かってて、なおかつ戦いたいと覚悟していることなのだから、周りがとやかく言うことではないとたしなめている。
と、同時に「地獄で戦いたい」というこのフレーズに俺はしびれた。
地獄と分かっていてそれでも戦わなければならない、いや、あえて戦いたい!
茨の道と分かっていても、負けると分かっていても戦わなければ自身のレーゾンデートル(存在理由)が証明出来ないと悲壮の覚悟を持って臨む。
出来ればそんな経験したくないし、わざわざ飛び込まずに逃げたほうが賢いという選択が当然だろう。
でも、それでも
当人は戦う、戦いたいと意思表示したんだよ。
どれだけの反響が反動があるかもしれない、でもね、
ギブアップって言えない、言いたくない、
決して自分をあきらめたくはないんだ!