例えば、この前の菊花賞。

勝ったフィエールマンはまだ3戦しか走ってない、さらに言えば夏のラジオNIKKEI賞を2着から参戦するという異例づくしの勝ち馬だった。

さて、この結果は少しはまともに競馬をかじった人間からすれば、トライアルレースにも出てない休養明け馬であり、予想軸には正直挙げられる馬などではなかった。

 

しかし、そんな馬だって出走してくる以上勝っていけない理由などはない。まして、馬主のサンデーレーシングがなんと4頭出しもしてきた馬だ。秋華賞のアーモンドアイが圧倒的な1番人気にもかかわらず3頭出ししてくるのだから、4頭出しもされてはJRAとしては勝たせないわけにはいかない。ましてや、あのスローペース。逃げたい馬が何頭かいたはずなのにあの展開となった。

・・・まるで、まず勝たせる馬がありきで、その馬を何が何でも勝たせるためにあの展開になった・・・

 

・・・なぜなら、競馬は何はともあれ、サラブレッド馬を高額で買ってくれる馬主がいてこそ成り立つJRAの”興行”であり、その馬主がいるからこそ生産牧場の経営が成り立つわけだ。その頂点として”社台グループ”や”ノーザンファーム”があるわけで、ノーザンファームの運動会と揶揄されるレースも数知れない。

 

もう一つ言わせてもらえれば、おいおい冗談じゃない。その競馬のレース(興行)を成り立たせている大元は俺たち馬券を買う客、あえて言わせてもらう”客”がいるからこそなのではないか・・・。

 

しかしだ、JRAは馬券を買う我々を”客”とは呼ばず”競馬ファンの皆様”だとのたまう。なぜ、客と呼ばないのか?

それは、そもそも競馬自体が本来由々しきものであり、競馬法でJRAと地方自治体が運営する競馬だけは治外法権化されたものだからと勘繰りたくもなる。いや、俺の見解が多分浅学なんだろうが、だったら詳しい方、競馬マスコミの方々よ、その実情をどの媒体でもいいからこの”迷える子羊”にその理由を教えてほしいものだ。

 

で、振出しに戻る。決して、JRAは競馬ファンを第一優先にしているわけではなく、サラブレッドを畜産する生産牧場、その経営を成り立たすサラブレッド馬を購入する馬主にこそ、気が向いている。

 

しかし、菊花賞のような、あまり規定ルートにそぐわない馬を、さあ、いざ勝たせるとなるとだ。こんな結果、どうすれば当てられるんだ。当てられっこなどないだろうという声も多数出てきて不思議ではないはずだ。

 

そこで、例えばルメール騎手だから買えたという言い方も出来るだろうし(それは競馬ファンを少しでも増やすために未だに続けられている営業努力)、その一端として”サイン読み”という分野も登場するわけだ。

 

場合によっては”オカルト馬券”などと呼ばれ、公正な競技を行っているとJRAは決して存在を認めやしないわけだが、それでもなお、サイン競馬は存在する。妄想と呼ばせるために、まあ三回に二回は外れたりもする確率ではあるが・・・。

 

今回のJBCのG1ヘッドラインの”唯一無二”の読解もいやいや、お前のこじつけだと言われてしまいそうだが、

 

例えば、今回のレースと酷似した例としては2015年の高松宮記念のG1ヘッドライン

「6ハロンに夢を映す最速の覇権、本能の赴くままに風を切る。」


このコピーのポイントは最後の言葉”切る”にあり、俺はこの言葉の連想からせん馬を思いつき、その時の唯一のせん馬、香港からの出走馬エアロヴェロシティを軸にし、やはり、単勝650円と、馬単10,770円を的中できた。

 
そして、今回の福永騎手同様、騎手の名前から当てたレースと言えば
 

2014年菊花賞

憧憬の菊冠に専心、若き実力者の覇道にその名を刻む。

 

このコピーで目を引くのは”専心”=研究・学問などに心を集中させ,熱心に行うこと。

そこから示唆されるのは、酒井 学 騎手 = トーホウジャッカル

 

というように、騎手の名前はぜひフルネームで覚えてほしい。

 

・・・このように、どんなこじつけであれ、少なくともG1はこのヘッドラインを参考にさせてもらい、俺は26年間競馬を続けてこれている。

 

結論、お前はJRAをけなしたいのかと思われそうだが、いやいや、的中するための”登山ルート”にはこんな登山口もあるのだと広報活動のつもりです。感謝の意味も込めてね・・・・。