何事でもやりすぎることはやり足りないことと同じようによくない。

 

最近、今更だが、YouTube の動画を観すぎて寝不足してしまっている。

で、この記事を境に観切ろうと決めた。

 

テレビゲームやギャンブルもそうだが、強い刺激になれるとアドレナリンがさらに強い刺激を求めだす。

その結果、けじめがつけられない人間は後戻りが出来ないところまで行ってしまうんだろうなと思う。

 

YouTube のその破壊力はもっと規制してしかるべきとも思った。

テレビで放映されるネット映像は、お約束で九死に一生を得た映像が流されるが、

YouTube では、そのまんま死に至った事故、事件も提供されている。

観るのは勝手だが、自己責任だということなのだろう。

俺はヤバいと後戻りを決断したが、若者が同じ行動をとれるだろうか? うちの息子はどうだろうか?

親の知らないところで子供は刺激の渦に巻き込まれ、精神的に自己崩壊する危険を孕んでいる。

スマホを手放せず、10時間以上文字と文字だけで仲間とつながり、抜けられないって大丈夫か?

 

歯止めがきく分別ある人間なら後戻りもできようが、この刺激を求めて、また、自分も演出者たるYouTuber を目指そうとする人間も増えてきて、夢の職業にランクされつつあるとも聞く。

 

志高く人を啓蒙しようとしたり、感動を与えようというものならまだ賛同できるが、ただただ、驚きを与えたくて犯罪まがいの映像を氾濫し続ける者も多い。

 

この刺激中毒に陥ったら、とてもじゃないが若者のテレビ離れも当然の帰結だろう。

よって、ネット中毒者が増え、ネット通販が世の中を跋扈し、みんなアマゾンに迷い込み、

 

果ては、AIに職も生きがいも奪われていくわけだ。

 

なんてことをブログに書いていること自体矛盾しているわけだが、

 

「Hey、Siri 

 出来ちまうことを敢えて中断し、後戻りしたことなどない人類は、このまま行くとこまでいくしかないのだろうか?」