今日、ヒメアノ~ルを観てきた。邦画の近年まれに見る傑作だ。
なにはともあれ、ネタバレしているので行間あけます。
未見の人はご遠慮ください。
テーマはたくさんある。
①親友と恋愛のジレンマ、②そして器の小さく、女々しい男、そう、③すぐにストーカー化する短絡的単細胞な男。それに対して④性根たくましい女。己の欲望に忠実な女。
根本テーマは⑤いじめ、トラウマ、いやサイコ、いや、人を犠牲にして自分を守る、いや友情とは?
この映画ははっきり前半、後半に分かれる。
前半は社会の底辺に生きる男たちの恋愛騒動。後半は、ストーカー&サイコキラーとの対決。それを明確にするために、タイトルが上映30分後ぐらいにやっと出てくる。
①岡田はバイト先の清掃会社の先輩安藤から、恋のキューピッド役を依頼される。普段、仕事のへまの尻ぬぐいをしてもらっているのでそれを断れない。
その依頼を受ける前に安藤とこんなやり取りを行う。まさに現代日本人が抱える心の焦燥感だ。
うろ覚えだが、こんな感じ。
岡田:「なんか毎日無駄にだらだらと過ごしていて、夢や目標も全く見いだせなくて不安や悩みに押しつぶされそうになるんですよ。安藤さんはそんなことないですか?
それに仕事を終わった後、毎日何をしているんですか?」
安藤:「不安や悩みを抱えて生きるなんて普通のことだよ。それに不安や悩みを原動力にして人は生きるんだ。決して間違ったことじゃない。そして、俺は毎日恋をしている・・・」
そして、同じく安東の恋敵、サイコキラーの森田に同じ質問を居酒屋でぶつける岡田。
それに対する、安藤とはまったく真逆の森田の答え。
「バカだなあ、なに、夢見てんだよ。金持ってるやつらが夢や目標に向かって頑張れるんだよ。もう俺もお前も終わってんだよ。終わってるから底辺ではいつくばってんだろ」
この安藤と森田の返答の違いが、人生をポジティブに生きるか、ネガティブに生きるかの大きな違いだ。
そして、結局のところ、安藤も森田もカフェ店員の”ユカ”に思いを寄せることで生きていることに変わりはなく、安藤はいつでもストーカーになりうる一歩手前で、森田は高校時代にいじめられたことが発端で人を殺すことも厭わない完全なストーカーだ。
②そして、岡田のユカとの恋愛模様とこのストーカー行為がリンクしてくる。
岡田はユカとの初めてのSEXのあと、質問する。ユカの経験人数と初体験の年齢だ。これは、恋愛に疎い男が必ずしてしまう愚問だ。なぜなら、相手のSEXの慣れ具合から過去の男たちの存在を思わざるを得ないからだ。
そして、ユカもバカ正直に答えてしまう。そして、それに対してすぐいじける岡田に、正直に答えてしまったことを後悔する。誰もが恋愛をしたら必ずと言って避けられないやり取りだろう。
でも、これは前戯にしてしまえばいいのであって、岡田がいじけるのをやめさせるために、案の定、ユカは岡田の股間に潜り込む…。
ここでこの映画のもう一つのテーマが浮かび上がる。
「男の器の小ささ、女々しさと③すぐ、ストーカーに陥る短絡さだ。
生きることに成功している男は・・・、多分仕事にも女性にもいろいろな選択肢を用意して、そう、ゆとりをもって思考し行動できる。
しかし、生きることにもがいて底辺で日々焦燥感をもって生きる男は、自信を持てずすぐ女性に不安を抱く。自分は彼女を満足させられるだろうかと。
いや、男女交際に至るならまだしも、ただ遠くから女性を眺めることしかできない男は、生活のすべてがその女性への思慕となり、その彼女をストーキングすることが生きがいとなる。
そして、そんな男たちが今の日本を席巻している。
最近起きた、「地下アイドルファンのストーカー殺人」がまさにそれだ。
会いに行けるアイドルとの触れ合いが、自分の生きがいのすべてとなり、その地下アイドルの活動をCDやグッズを購入することで支えているんだという自負が、そのアイドルに対していつのまにか自分が支配できる人間であると勘違いしてしまう・・・。
まったくもって短絡的で、女性からしてみればとても付き合いきれない厄介者でしかない。
あ、ちなみに東スポに究極のストーカー対策法が載っていたので紹介したい。
地下アイドルの大半が同じようなストーカー被害に遭っているが、弱小ながらも事務所お抱えのアイドルがストーキングされた時にその事務所が取った方策だ。
それはこうだ。
その警察署の広報課に内容証明郵便で
「私はストーカー被害の相談を〇〇刑事さんにお願いしたのに、真摯に対応せず一向にストーキングはやみません。このままでは私は殺されてしまいます。」
効果はてきめん、すぐにパトロールが強化され、その報告メモが毎日に用にポストに入るようになったとのことだ。同じ悩みを持つ女性は、殺される前にすぐやってみてください。
つづく