JRAに移籍した地方競馬出身者と外国人が闊歩する競馬が続いてます。
自分は元々、番組表読みの”片岡勁太”を出発点にしましたので、ポテンシャルがあってもOP実績や重賞実績を持たない馬に勝たれるとお手上げです。
じゃあ、なぜ1勝馬のレッツゴードンキの単勝を買えたかというと、皐月賞は自分が取り違いをしましたが、ある意味JRAから岩田だよと教えてもらったからです。
あ、信じるも信じないもあなた次第ですから、気に入らない人はこれ以上はご遠慮下さいね。
少なくとも桜花賞まではG1を当て続けましたからね。
さて、地方競馬は大井競馬などの都心部を除けばほとんど死に体です。理由はといえば、配当にバリエーションがなく本当に強い馬が勝っているのが現状だからです。
配当が何百円しかつかない競馬ばかりでは庶民は手を出せません。
それに対して中央競馬は競馬場への入場者は減ってきているとはいえ、ネットなどによるPATを利用しての投票者は増え続けています。
パイが大きければマスコミ誘導などによって人気も割れ、そうすることによって、また、馬券種を増やすことによって射幸心をあおる配当も多く出せるのです。
今年のJRAのCMで瑛太がこうつぶやきます。
「競馬ファンの数だけ、楽しみ方はあるんですよ」
データ重視の人もいれば、血統理論や調教、展開、そして騎手や馬場など、予想方法はバリエーションに富んでます。
そのなかで、番組表読みや高本式などのサイン読みも亜流ではありますが確実に存在します。
では、なぜサイン読みなどを存在させるかというと常識的な予想では想像もつかないような大万馬券となったレースでも、サイン読みなら取れたよという口実が欲しいからです。
まあ、JRAからすればどんな買い方でもいいから馬券を買ってくれればいい、裾野は広ければ広いだけいいんだということだとは思いますが・・・。
例えば昨年のシンガリ人気の馬が勝ったフェブラリーSやこの前のどスローの桜花賞がいい例だと思います。なぜ、未勝利戦と変わらないレースがG1でまかり通るのか・・・。
そんな展開、ペースが許されるなら馬の能力を日々検証している者にとってはたまったものではないでしょう。
でも、そんなレースは有馬記念がいい例ですが確実に存在します。邪推すれば、どうしてもその馬を勝たす必要があったからということになるでしょう。
オグリキャップが有馬を勝ったとき、ある騎手が言ったそうです。「あれほどのアイドルホースの引退レースなんだから負かすわけにいかないよ。」
競馬界は閉塞的なムラ社会であり、農林水産省特殊法人が運営する公共事業ですから、それはそれ談合も必要でしょう。自分も入札で談合を経験したことがあります。
ある意味、談合であるとするならば突出することも許されるものではありません。その弊害が顕著に現れているのが競馬学校を卒業した騎手に表れているような気がしてなりません。
同じ教官に同じように授業を受けるわけですから、一人だけ技能が優れる騎手が現れるというのも歓迎されないのだと思います。確かに武豊がJRAをメジャーにするためにリードする時期はありましたが、浸透した今ではその必要性もなくなりました。
今年、障害G1を除いて4戦を消化しましたが競馬学校卒が勝ったのはフェブラリーSの武豊だけ。
それも田辺騎手からの乗り替りです。
若手はいつ台頭するのでしょうか?
というか、JRAは意のままに忠実に淡々とレースをこなすロボットだけを要求しているように思えてなりません。
そして、競馬学校の騎手たちは自分たちの勝たせてもらえる順番が来るのをただひたすらに待ち続けている・・・。
まるで”羊たちの沈黙”だ。
そして今回の皐月賞もデムーロではなく、競馬学校卒の騎手が乗っていたなら、あの4コーナーの横滑り術は成し得たでしょうか?
たぶん、前が壁になって何も出来ずに脚を余したと当たり前のように口にしたでしょう。
ちなみにデムーロは騎乗停止になったようですが、入着順は変わらない。昔なら馬も失格し馬券もパアになってました。確かにあれだけの力差があるのだから、失格にするのもどうかなという話です。
さて、ダービーですがどの騎手にいや、どの馬主に順番は回ってくるのでしょう。
少なくとも「感動した!」と言えるダービーであってほしいと願うばかりです。