引き寄せの話に興味を持ち始めて、自分なりの考えも持つようになったとき、昨年の終わりぐらいですが斎藤さんの本と出会いました。


読んで感じたことは、書いていることに迷いがなく、難しい言葉など一切使わず、例えも適切で一言一句が心に入ってきたということです。


斎藤一人さんは、頭で理屈をこねるのではなく、経験や体験から導き出されたことを嘘偽りなく書いているなと思いました。


ここからは、私なりに考えたことですが、斎藤さんの思いは”商人”の思いが出発点なんだということです。

自社の経営をいかに継続し拡大するかがまずあって、その為に精神的な思考に至ったのだと思います。


だから、笑顔を絶やさず愛想よくとか、お金は汚いものではなく神様だというようなことも言っています。

日本人は清貧を尊び、お金が全てではないとかお金で買えないものもあるとか口にしますが、斎藤さんもおっしゃっているとおり、お金に苦しみ、お金を持ったものが始めて口にすることだと自分も思います。


自分も商売人のせがれです。お金は必要です。少しは贅沢できるぐらい必要だと思う。ことわざに「衣食住足りて礼節をなす」とありますが、全くその通りだ。


そして、斎藤一人さんは納税日本一を目指したと言います。

お金持ちになることを目標にする人はあっても、納税日本一を望むなんてありえない話でしょう。

斎藤一人さんは自分の話を聞いてもらうための肩書きとして、納税日本一を目指したと言います。

では、なぜ自分の話を聞いてもらいたいのか?

自分が成功し、幸せになれた生き方や考え方を広くいろいろな人に知ってもらいたいからだと言います。

そして、多くの人に幸せに導くことが自分の大望を果たすことになるのだとおっしゃっています。


たいていのお金持ちは汗水たらして儲けたお金を税金に持っていかれるなんて真っ平御免と節税の名のもとに大なり小なりの脱税を働こうとするのが本音ではないでしょうか。


自分も一度個人事業主になりましたが、恥ずかしながらあらゆる個人使いも適当な名目をつけて経費で落としたものです。


話は多少変わりますが、私が宗教法人を嫌うのもそこにあります。人を救うことを目的として宗教があるならば、なぜ国家の庇護の下、税金を免除されて活動する必要があるのか?


人のお布施に税金を掛けるのが、そもそも趣旨が違うという考えもありますが、人を救うという大義があるならば、国家を頼って法人化する必要などなかろうと思いますが私の考えは間違っているでしょうか?


北野武監督の”教祖誕生”などでも描かれたり、いろいろな宗教法人が金がらみで問題になったように宗教法人は人の弱みに付け込んで、金を騙して金儲けする最高手段ともなりうるものです。

斎藤一人さんは本を書かれていますが、自分は宗教家のつもりもないし、宗教法人でもないと言っています。基本商売人であり経営者なのだと思います。


You Tubeでいくつかご自分の話も披露されてますが、ガールフレンドが何人かいることもそれとなく匂わせてますし、コンビニでエロ本を買うとも公言しています。(だから、顔は公表してないとも)


確かに、前世の話や霊の話などもされますが、都市伝説のように信じたくない人は会場から退場してくださいとも言っています。


これからも自分が感銘を受けた話や救われた話をどんどんこのブログで紹介していきたいと思いますが、「私はついていけないわ」という人は、どうかご遠慮下さい。


邪念と取られるかもしれませんが、昨年競馬が当たるようになったのも、私生活や仕事も今まで以上に上手く好転しだしたのも斎藤一人さんの本や話を聞くようになったからです。


半分冗談めいて「感謝しますアプロディーテー!」などと口にしてましたが、

本当に感謝しているのは斎藤一人さんです。


「ありがとうございます。本当に感謝してます!」