これも破天荒、カラオケパブで働いていた頃の話。
その時は店のウェートレスのマリコと付き合っていた。ボブヘアーが似合う子で男好きのする顔立ちで、常連の男性客にも人気があり、世之介も最初は「店の商品には手を出さない!」と我慢していたのだが、このマリコはとても気さくで、男勝りの所があり、俺が更衣室で着替えていても、入ってきて、平気で隣で下着姿になるような子だった。
で、ある夏の日ついに我慢しきれなくなった。その日のマリコの下着は上下ショッピングピンクで浅黒い日焼け姿をしていた。そして、あろうことかハイレグパンティのヒモをずらして、こう挑発した。
「世之介、ほら日焼けしてないラインがこんなにはっきり…」
これで狂わなきゃ男じゃない。
で、付き合いはじめたが完全に主導権を握られてしまった。いつだって先手を取る奴がアドバンテージを握るものだ。
で、今回のハプニングは、そのマリコと二人で暇な平日の店じまいをしていた時の話だ。
夜中の一時過ぎに、地下一階の店の階段を転げ落ちんばかりに降りてきた女性客が一人、流れ込むように俺たちの目の前に駆け込んできた。
「世之介、久しぶりじゃなぁい」
「また、遊ぼーよ!」
ヤバい、元ヤンのカナだった。かなり酔った様子だ。実は以前に、アフターの酔った勢いで二、三度相手をしてしまったが、それっきり疎遠になっていたオンナだった。
「世之介、朝まで暇でしょ」
「カラオケ歌わせてよ」
「ダメだよ、店の機械を好き勝手に出来ないんだからさ」
「何言ってんのよ、よく従業員だけでカラオケパーティーしてるじゃない」
「それにアンタは私に責任があるんだからね」
「なに、それ!?」
「だって、アンタと遊んだから彼氏と別れるハメになったんだ」
「だから、今夜は朝まで付き合う義務があるんだからね」
そんな事、俺に何の責任があるかと思ったが、先輩の婚約を解消させた前科(「たった一度のあやまちキッス」参照)があったので、むげにも出来なかった。
マリコはあらあらという顔をしてあきれ果てていた。
カナはマリコにあんたは邪魔だから帰りなさいよと凄んだ。しかし、彼女も朝まで電車はない。
「気にしないで、私は向こうで雑誌を読んでるから」
朝まで気まずい時間が流れた。カナは俺にこれ歌え、あれ歌えと矢継ぎ早にリクエストしてくる。それに飽きると今度はキスの催促だ。
「世之介、アンタが私をおかしくしたんだ。責任取って付き合ってよ」
「俺に責任があるとしたら、ガキが出来た時だけだ。それ以外は男も女も楽しんだんだからフィフティフィフティだろ」
決めセリフを吐いたつもりが、何という男の浅はかさ、世之介はオンナの「地雷」を思いっきり踏んだ。オンナは別れた男の子供を堕ろしていたのだ。
オンナがキレた。鬼の形相でバーカウンターに入り、カットレモン用のぺティナイフを目ざとく見つけ、世之介の腹めがけて体を丸めて突進してきた。
不意を突かれて逃げ遅れた。オンナの手首を掴むのが精一杯で、オンナと一緒に真後ろにもんどり打った。
閉店後もまだ、黒のベストを脱がずにいたのが幸いした。ナイフの刃先はベストを軽く刺して止まった。しかし、世之介の手指はナイフを滑って鮮血に染まった。
運動神経がいいのだろう、カナは一回転した体をすぐ起こして、また世之介にすぐ向かってきた。
とにかくカッコを付けてる場合じゃない。脱兎のごとくトイレに逃げ込もうとした。慌てて個室に入り、鍵を掛け…られなかった。カナの手が負けじとドアノブを捕まえていた。
ドアを挟んで押し引きが始まった。何分続いたか覚えてないが、顔面蒼白だった事だけは今も忘れられない。
しかし、そこへ女神は現れた。
マリコがポリバケツに入った水をカナ目掛けて思い切り浴びせたのだ。
「バッシャーン!!」
「いい加減にしなよ!」
「男のせいにするなんて卑怯だよっ」
「そうやって、男にすがる生き方してるから捨てられるんだ」
マリコはわめきながら泣き出した。
カナはマリコの剣幕に我に返った。
「そうだね、自分を見失ってた、ゴメン」
憑き物が落ちたようにカナはすごすご帰っていった。
「マリコ、ありがとう」
「懲りなよ、バカッ」
マリコは世之介の彼女になったが、やっぱり俺が懲りたのはものの数か月だった。